フランス語ではリラlilasと呼ばれる東ヨーロッパ南部原産のモクセイ科の落葉低木。欧米で花木として重用される。和名はムラサキハシドイという。樹高数m,葉は対生し卵形から広卵形で,長さ5~12cm,長い葉柄がある。花は春,前年の葉腋(ようえき)から生じる円錐花序に新葉の展開とともに数十花をつけ,長さ1cmほどの花筒部の先は4裂した花冠を開く。色は淡紫色であるが,園芸品種は白,青,濃紫,紅色など変化が多い。芳香があり,愛され,15世紀にはフランスで盛んに栽培されていたという。日本には明治中期に渡来し,寒さに強いため関東以北,とくに北海道で多く栽植されている。花からは香油が,また茎は切って中の髄を抜いてパイプにするので,パイプ・ツリーpipe treeの名もある。繁殖は株分け,接木,挿木で殖やし,種子によっても可能である。
ハシドイ属Syringaはユーラシア大陸温帯域を中心に30種ほどが知られ,そのうち10種ほどが観賞用花木として栽植されている。チャボハシドイ(ヒメライラックとも称される)S.microphylla Dielsは中国北部原産で名まえのように小型の,またオニハシドイS.oblalta Lindl.も中国産で小高木になる。どちらも中国や日本で栽植され,欧米にも導入されている。また種間雑種から育成された品種もある。
→ハシドイ
執筆者:堀田 満
ライラックの語源は遠くサンスクリットのnīla(〈暗青色〉の意)に由来し,その独特の花色を表現する。育ちにくい場所でもよく繁茂するので庭などに植えられ,群れのうちの1本でも切り取られれば,残った木は悲しみのあまり翌年には花をつけなくなるという。これを家に持ち込むことは不吉とされ,とくに白い花を病気見舞に持参するのは禁物である。アメリカのニューハンプシャーの州花であり,春先に咲くやさしい色合いの花であることから,花言葉は〈初恋の味〉。また白い花は〈処女・純潔〉のシンボルで,年ごろの娘をもつ家では婚期を逃さぬよう室内にこれを持ち込まないよう注意する。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
モクセイ科(APG分類:モクセイ科)の落葉低木または小高木。和名はムラサキハシドイ。ライラックは英名で、フランスではリラとよぶ。ヨーロッパ南東部原産で、ヨーロッパでは広く栽培される。日本へは明治中期に渡来した。高さ3~7メートル、根際(ねぎわ)からひこばえが出る。葉は対生し、広卵形または卵形、長さ5~10センチメートル、両面とも毛はなく、先は急にとがり、縁(へり)に鋸歯(きょし)はない。4~5月、枝先に狭い円錐(えんすい)花序をつけ、芳香のある多数の花を開く。花冠は上部が4裂して平開し、下部は長さ約1センチメートルの細長い筒になる。雄しべは2本で花糸は短く、雌しべは1本。花色は紫色が普通であるが、白、赤、赤紫、青色など多くの品種があり、八重咲きもある。果実は蒴果(さくか)で、長楕円(ちょうだえん)形、長さ約1.5センチメートル、10月に褐色に熟して2裂する。
陽樹または中庸樹。排水のよい適潤またはやや乾燥する冷涼な所でよく育つが、本州中部以西の暖地では生育があまりよくない。東北、北海道など寒地でよく栽培され、札幌では市の木に指定されている。繁殖はイボタまたはハシドイの実生(みしょう)苗を台木にして接木(つぎき)するか、取木、株分け、実生、挿木による。
[小林義雄 2021年7月16日]
ライラック属は中国に種類が多い。唐の姚(よう)氏の『西渓叢話(せいけいそうわ)』では、丁香(ちょうこう)の名で情客(じょうかく)に例えられている。宋(そう)の張翊(ちょうよく)は『花経(かけい)』で花に一品から10品まで等級をつけたが、丁香を三品の一つとしてあげた。ヨーロッパでは東部に野生種が分布するが、栽培は16世紀の中ごろ、ド・ブスベックOgier Ghiselin de Busbecq(1522―1592)がトルコより導入したのち、盛んになった。1613年に白花がみいだされ、18世紀後半からフランスで種間雑種がつくられ、改良が進んだ。さらに、20世紀の初頭アメリカ農務省のフランク・メイヤーFrank Nicholas Meyer(1875―1918)が中国に派遣され、野生種を導入し、遅咲きがつくりだされた。北海道には1890年(明治23)にアメリカ人のクララ・スミスSarah Clara Smith(1851―1947)が札幌にもたらして、広がった。
[湯浅浩史 2021年7月16日]
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