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ラティーニ Latini, Brunetto

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラティーニ
Latini, Brunetto

[生]1220頃.フィレンツェ
[没]1295頃.フィレンツェ
イタリアの哲学者,文学者。ダンテの師。フィレンツェで政治活動に従事,政治的理由からスペイン,フランスに渡るが,ベネベントの戦い (1266) ののちイタリアに戻り,残る生涯をフィレンツェで過した。多くの著作を著わし,フィレンツェ文化の創始者と目される。主著『修辞学』 Rettorica,『ファボレッロ』 Favolello,教訓詩『小宝典』 Tesoretto,百科全書『宝の書物』 Livre du trésor (8巻,62~66) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラティーニ
らてぃーに
Brunetto Latini
(1220―1294)

イタリアの詩人。フィレンツェ生まれ。グェルフ党特使としてカスティーリャ王アルフォンソ10世のもとに派遣されたが、政変でフランスに亡命(1260)。この地で、詩と雄弁を開かれたものと説く『修辞学』、ラング・ドイルによる百科全書『宝庫(テゾール)』、イタリア語による教訓詩『小宝庫(テゾレツト)』を著した。ダンテは彼を『神曲』では師とたたえたが、『俗語論』ではその詩法を厳しく批判した。[望月紀子]

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