日本大百科全書(ニッポニカ) 「ラング」の意味・わかりやすい解説
ラング(Fritz Lang)
らんぐ
Fritz Lang
(1890―1976)
ドイツの映画監督。ウィーンに生まれ、建築と美術を学ぶ。第一次世界大戦で負傷、入院中に脚本を書き始め、1916年映画界に入り、『混血児』(1919)で監督となる。のちに妻となるテア・フォン・ハルボウThea von Harbou(1888―1954)の脚本参加を得て、最盛期を迎える。愛と死の格闘を描く表現主義映画『死滅の谷』(1921)、世相を反映した犯罪映画『ドクトル・マブゼ』(1922)、壮大な民族叙事詩『ニーベルンゲン』二部作(1924)、機械化された未来都市の物語『メトロポリス』(1927)、トーキーの効果を発揮した恐怖の殺人劇『M』(1931)と、一連の秀作を発表、運命論的なテーマを展開し、ドイツ映画黄金期を築く一人となる。ナチス政権を嫌い、1934年渡米。異常な群集心理を扱った『激怒』(1936)、社会の不公正を描いた『暗黒街の弾痕(だんこん)』(1937)、西部劇の佳作『西部魂』(1941)などを発表。1963年にはゴダール監督のフランス映画『軽蔑(けいべつ)』に自らの役で出演した。
[奥村 賢 2022年6月22日]
資料 監督作品一覧
混血児 Halbblut(1919)
黄金の湖 Der Herr der Liebe(1919)
死滅の谷 Der müde Tod(1921)
ドクトル・マブゼ Dr. Mabuse, der Spieler(1922)
ニーベルンゲン ジークフリート Die Nibelungen : Siegfried(1924)
ニーベルンゲン クリームヒルトの復讐 Die Nibelungen : Kriemhilds Rache(1924)
メトロポリス Metropolis(1927)
スピオーネ Spione(1928)
月世界の女 Frau im Mond(1929)
M M:Eine Stadt sucht einen Mörder(1931)
怪人マブゼ博士 Das Testament des Dr. Mabuse(1933)
リリオム Liliom(1934)
激怒 Fury(1936)
暗黒街の弾痕 You Only Live Once(1937)
真人間 You and Me(1938)
地獄ヘの逆襲 The Return of Frank James(1940)
西部魂 Western Union(1941)
マン・ハント Man Hunt(1941)
死刑執行人もまた死す Hangmen Also Die!(1943)
恐怖省 Ministry of Fear(1944)
飾窓の女 The Woman in the Window(1944)
外套(がいとう)と短剣 Cloak and Dagger(1946)
扉の蔭の秘密 Secret Beyond the Door...(1947)
無頼の谷 Rancho Notorious(1952)
復讐(ふくしゅう)は俺に任せろ The Big Heat(1953)
ムーンフリート Moonfleet(1955)
口紅殺人事件 While the City Sleeps(1956)
条理ある疑いの彼方に Beyond a Reasonable Doubt(1956)
大いなる神秘 王城の掟(おきて) Der Tiger von Eschnapur(1959)
大いなる神秘 情炎の砂漠 Das indische Grabmal(1959)
怪人マブゼ博士 Die 1000 Augen des Dr. Mabuse(1960)
『フリッツ・ラング、ピーター・ボグダノヴィッチ著、井上正昭訳『リュミエール叢書22 映画監督に著作権はない』(1995・筑摩書房)』▽『明石政紀著『フリッツ・ラング――または伯林=聖林』(2002・アルファベータ)』
ラング(Andrew Lang)
らんぐ
Andrew Lang
(1844―1912)
イギリスの詩人、童話作家、民俗学者。スコットランド生まれ。7冊の詩集のほか、テニソンの伝記、メアリー・スチュアートをめぐる研究、小説など、60巻を超す著作がある。なかでも重要なのは『習慣と神話』(1884)、『宗教の起源』(1898)などの文化人類学的業績、ホメロスのオデュッセイアなどの英訳(ブッチャーSamuel Henry Butcher(1850―1910)らと共訳、1879、1883)や、『ラング童話集』全12巻(1889~1910)の集大成の仕事である。
[高橋康也 2016年10月19日]
ラング童話集
神話、宗教、民俗の研究家ラングはまた童話の重要性を痛感して、『青色の妖精(ようせい)の本』(1889)を編集した。ペロー、グリム、ドノワ夫人Madame d'Aulnoy(1650/1651―1705)の著作物や、アラビアン・ナイトのほか、広くイングランド、スコットランド、北欧から集めて再話したこの本には、「眠れる森の美女」「美女と野獣」「ヘンゼルとグレーテル」「長靴をはいた猫」「ジャックと豆の木」「青ひげ」などの名作が含まれ、大成功を収めた。以後、巻ごとに色を冠した童話集が編まれ、英語圏の子供の多くはラング版によって世界中の童話・民話に親しむようになった。
[高橋康也 2016年10月19日]
『西村醇子監修『アンドルー・ラング世界童話集』全12巻(2008~2009・東京創元社)』
ラング(Dorothea Lange)
らんぐ
Dorothea Lange
(1895―1965)
アメリカの女流写真家。ニューヨークのアーノルド・ゲンスのスタジオで写真を学び、ついでクラレンス・ホワイトに師事、1919年にはカリフォルニアで開業する。しかし、スタジオでの営業写真に飽き足らず、30年代からは社会に目を転じ、35年、ロイ・ストライカーが組織した政府の農政安定局(FSA)の記録事業にW・エバンズやベン・シャーンらとともに加わって、大恐慌後の不況で置き去りにされた農民の生活を、ヒューマニズムにあふれたカメラ・アイで記録した。FSA事業終了後も同種のドキュメントを続け、夫のポール・テーラーと共著で『出アメリカ記――侵食される人類の記録』(1939)を出版、女性のしなやかで強靭(きょうじん)なまなざしによってヒューマニズムを叫び続けた。
[平木 収]