コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

リチャード2世 リチャードにせいRichard II

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リチャード2世
リチャードにせい
Richard II

[生]1367.1.6. ボルドー
[没]1400.2. ヨークシャー,ポンティフラクト城
イギリス,プランタジネット朝最後のイングランド王 (在位 1377~99) 。エドワード3世の長男エドワード (黒太子) の子。父が早世したため,祖父の王位を継ぎ,神聖ローマ皇帝カルル4世の長女アンと結婚 (82) 。未成年時代は叔父のランカスタージョン・オブ・ゴーントの後見を受けたが,W.タイラーの一揆 (81) の際は,みずから反乱の鎮定に努め,成年に達すると親政を宣言 (89.5.3.) 。アイルランド遠征 (94~95) やフランスとの休戦 (96) で威信を高め,フランス王女イザベルと再婚,1397年頃までに後見有力者を次第に駆逐し,専断の傾向をたどった。叔父ゴーントの死 (99) 後,ランカスター家の嗣子ヘンリー・ボリングブルック (のちのヘンリー4世 ) の資産を没収したため,フランスに追放されていたボリングブルックがイングランドに侵入,リチャードはアイルランド遠征から急ぎ帰国したが,すでに立場回復の見込みはなく,降伏 (99) ,譲位した。その後ポンティフラクト城に送られ,原因不明の死をとげた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

リチャード2世

生年月日:1367年1月6日
プランタジネット朝最後のイングランド王(在位1377〜99)
1400年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

リチャード2世の関連キーワードプリンス・オブ・ウェールズウィルトンの二連衝祭壇画シェークスピア(年譜)オックスフォード(伯)エドワード(黒太子)クリフォード(男家)パトリス シェローリンカーン(伯家)ワットタイラーの乱枢密院(イギリス)アランドル(伯家)ジョナサン ケントフィオナ ショーイギリス農民一揆ヘンリー(4世)グロスター(公)アン[ボヘミア]ヘンリー[4世]恋する男の告解グレーブゼンド

今日のキーワード

桃李もの言わざれども下自ら蹊を成す

《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android