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レーナルト レーナルトLenard, Philipp Eduard Anton

4件 の用語解説(レーナルトの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レーナルト
レーナルト
Lenard, Philipp Eduard Anton

[生]1862.6.7. プレスブルク
[没]1947.5.20. メッセルハウゼン
ドイツ物理学者ブダペストウィーンベルリンハイデルベルクの各大学で学び,ボン大学で H.ヘルツの助手となった (1893) 。その後,ブレスラウアーヘン,ハイデルベルク,キールの各大学教授を経て,ハイデルベルク大学に戻って教授 (1907~31) 。

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百科事典マイペディアの解説

レーナルト

ドイツの物理学者。ブレスラウ,アーヘン,キール,ハイデルベルク各大学教授を歴任。陰極線を真空管外に取り出すことに成功し(1892年),光電効果を研究して電子が放出されるのを確かめ(1899年),光の強さ,波長と放出される電子の個数,速さとの関係を明らかにした(1902年)。

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世界大百科事典 第2版の解説

レーナルト【Philipp Eduard Anton von Lenard】

1862‐1947
ドイツの物理学者。ワイン商の息子としてハンガリーのプレスブルグ(現,チェコスロバキアのブラスティラバ)に生まれ,ウィーンとブダペストの工業大学で学んだ。父は彼が家業を継ぐことを望んでいたが,1883年夏ハイデルベルクでR.ブンゼンに会ったのを契機に科学者の道を志し,ハイデルベルクとベルリンで物理学を学ぶ。86年ハイデルベルクで学位を取得,G.H.クインケの助手となり,石英の薄板を通過させて陰極線を自由空間に導出する試みに取り組んだ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レーナルト
れーなると
Philipp Eduard Anton von Lenard
(1862―1947)

ドイツの物理学者。オーストリア・ハンガリー帝国のプレスブルク(現、スロバキアのブラチスラバ)でワイン商人の息子として生まれる。家業に満足できず、1883年ドイツに旅行。ハイデルベルク大学でブンゼンに出会い、科学者になる決心をした。ハイデルベルク大学、ベルリン大学で物理学を学び、ヘルムホルツの示唆で落下する水滴の振動とその類似問題を研究、1886年クウィンケGeorg Hermann Quincke(1834―1924)のもとで博士号を取得した。ハイデルベルクでクウィンケの助手を3年間つとめたのち、イギリスに渡ったが、「排他的」雰囲気に失望し、わずか6か月で帰国。しばらくブレスラウ大学で助手をやり、1891年ボン大学のヘルツのもとで私講師、1894年ブレスラウ大学員外教授、1895年アーヘン工業大学助手、1896年ハイデルベルク大学員外教授、1898年キール大学物理学教授、1907年クウィンケの後任としてハイデルベルク大学教授になり、1931年退官するまでそこにとどまった。
 1888年、陰極線は紫外線に類似した波動だとするヘルツの考えに従って陰極線の実験研究を開始した。1892年ヘルツが陰極線はアルミニウム箔(はく)を通過することを発見すると、翌1893年レーナルトはアルミニウム箔の窓をもつ放電管を作製、陰極線を外に取り出すことに成功した。1900年には紫外線を亜鉛板に当てたときに生じる光電子の比電荷を測定、光電子が陰極線の電子と同等であること、放出電子の速度は波長のみに依存することを実験的に示した。また電子が気体をイオン化するにはある最小のエネルギーを必要とすることを示し、1903年電気的双極子と想像される「ダイナミド」からなる原子概念を発表した。これらはアインシュタインの光量子仮説やローレンツ電子論の先駆けとなるもので、電子と物質との相互作用を調べる新しい実験的研究であった。「陰極線の研究」によって1905年ノーベル物理学賞を受賞。しかしつねに自分の業績を無視しているとしてJ・J・トムソンやアインシュタインを非難し、のちナチスが政権をとると「アーリアン物理学」を標榜(ひょうぼう)し、ユダヤ人排斥運動に執念を燃やした。[高橋智子]

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世界大百科事典内のレーナルトの言及

【光電効果】より

…88年にW.L.F.ハルバックスは,絶縁された亜鉛板の清浄表面に紫外光を当てると,亜鉛板は正に帯電すること,またあらかじめ負に帯電させた亜鉛板は,紫外光照射により電荷を失うことを見いだした。この現象は,1900年にP.E.A.レーナルトによって,紫外光照射により金属から電子が飛び出すためであることが明らかにされた。また同じころにJ.P.L.J.エルスターとガイテルHans Friedrich Geitel(1855‐1923)は,金属から飛び出す光電子の単位時間当りの数は,入射光の強度に比例することを見いだした。…

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