物質に光を当てたとき,その光を吸収して自由電子を生ずる現象。光照射により放出される自由電子のことを光電子photoelectronという。光電効果には,固体表面から光電子が放出される外部光電効果や,原子などから光電子が放出され,イオン化する光イオン化などがある。また光照射により絶縁体や半導体中の伝導電子が増加し電気伝導度が増加する内部光電効果(光伝導ともいう),ならびに光照射により起電力を生ずる光起電力効果も光電効果の一種である。
光電効果は,量子力学誕生の端緒となった物理現象の一つとして,物理学史上,その発見の意義は大きい。歴史的には,1840年ころフランスのベクレルAlexandre Edmond Becquerel(1820-91)が,1対の金属電極を酸の希釈溶液中に浸し,金属電極の一方に光を当てると,金属電極間に生ずる起電力が変化することを見いだしたのが始まりである。88年にW.L.F.ハルバックスは,絶縁された亜鉛板の清浄表面に紫外光を当てると,亜鉛板は正に帯電すること,またあらかじめ負に帯電させた亜鉛板は,紫外光照射により電荷を失うことを見いだした。この現象は,1900年にP.E.A.レーナルトによって,紫外光照射により金属から電子が飛び出すためであることが明らかにされた。また同じころにJ.P.L.J.エルスターとガイテルHans Friedrich Geitel(1855-1923)は,金属から飛び出す光電子の単位時間当りの数は,入射光の強度に比例することを見いだした。さらに02年にレーナルトは,光電子がもつ最大エネルギーは,入射光の強度にはよらず,入射光の波長にのみ依存するという重要な事実を明らかにした。
ここに至って,光電効果はそれまでにあった,いわゆる古典理論ではどうしても説明することができないことが判明した。電磁波に関するマクスウェルの理論によれば,電磁波(光もその一種である)は横波として空間を伝播(でんぱ)する波であって,その強度は電界ベクトルの振幅の2乗に比例する。一方,原子や固体中に束縛されている電子は,電磁波の電界によって力を受け放出されると考えられたので,光電子のエネルギーが電磁波の強度,したがって電界ベクトルの大きさには依存しない事実は,どうしても説明することができなかったのである。
この困難は,光を波としてのみ考えるマクスウェルの理論が不十分なせいであることがアインシュタインによって05年に指摘された。アインシュタインは,光は波としての性質のほかに粒子としての性格も合わせもっていると考えた。すなわち振動数νの光は,エネルギーがhνである粒子(光子,またはフォトンという)としてふるまい,その強度は光子の数に比例するという仮説を立てた。ここで定数hは,これより少し前に黒体放射スペクトルを説明するのにM.K.E.L.プランクが導入したプランク定数に等しいとアインシュタインは考えた。この仮説(光量子仮説という)に立てば,原子,または固体中に束縛されている電子は,束縛エネルギー以上のエネルギーを光子から受けて外に飛び出すとして,光電効果を説明することができる。すなわちアインシュタインは,光電子の運動エネルギーの最大値Emaxと,入射光の振動数νの間にはEmax=hν-Φなる関係が成り立つと考えた。ここでΦは,原子や固体中に束縛されている電子を外に飛び出させるのに必要な最小のエネルギーである。このように考えれば,入射光の強度を増すと,光子の数は増えるので光電子の数は増えるが,光電子のエネルギーは変わらないことになり,光電効果がみごとに説明できることになる。
05年の時点では,アインシュタインの光量子仮説の正当性を裏づけるだけの実験事実の蓄積はなかったが,16年までには光電子の最大エネルギーと入射光の振動数νとの間に成り立つアインシュタインの関係式の正しさが,R.A.ミリカンらによって実験的に完全に確かめられたのである。
金属に光を当てると光電子が放出される現象は次のように説明できる。金属が電気の良導体であるのは,金属内を自由に動き回り,電荷を運ぶことができる伝導電子が存在するためであるが,この伝導電子が,金属内にとどまっているのは,金属表面付近に図のような束縛ポテンシャルVが存在するためである。金属内の電子のエネルギーはこの束縛ポテンシャルVと運動エネルギーの和で表されるが,Vと運動エネルギーの最大値EFとの和V+EFは,真空中で静止している電子のエネルギー(真空準位という)Evacより小さい。EvacとV+EFとの差を仕事関数と呼ぶ。仕事関数をΦで表すことにすると,入射光のエネルギーhνがΦより大きいとき,すなわちcを光速,λを波長として,hν=hc/λ>Φならば,固体中の電子は,光からエネルギーを受け取り,真空準位以上のエネルギーを得て金属外に放出される。したがって,光電子放出を起こす光のエネルギーおよび波長には,それぞれの金属によって異なる閾(しきい)値が存在する。多くの金属の仕事関数は数eVあり,紫外光でないと光電子放出を起こすことはできない。例えば金の仕事関数は5.1eVであるので,このエネルギーに対応する波長243nmより短い波長の光を当てたときに光電子が放出される。一方,アルカリ金属の仕事関数は小さいので,アルカリ金属では可視光でも光電子放出を起こすことが可能である。
光電子のエネルギー分布を測定することにより,金属その他の物質の電子のバンド構造に関する情報を得る手法を,光電子分光といい,反射,吸収などの分光手法と並び,固体の電子のバンド構造を調べる重要な手法になっている。
光電子放出は光電管,光電子増倍管,撮像管などに応用されている。光電管は光電子を放出する光陰極と光電子を集める陽極からなる二極管で,光の検知や強さの測定に用いられている。光電子増倍管は二次電子放出を利用して,光検出の感度を著しく高めたもので,微弱光の検出に用いる。撮像管は,光学像を光電面上に結像させ,光電子を放出させることにより,光学像を電気信号に変える装置で,テレビ撮像に用いられている。
→電子放出
絶縁体や半導体物質に,禁止帯幅より大きなエネルギーをもつ光を当てると,伝導電子と正孔が生成され,電気伝導度が増加する。これを真性光伝導という。また不純物や格子欠陥が存在するために禁止帯幅より小さなエネルギーの光でも,これらの準位から電子または正孔が励起されて電気伝導度が増加する外因型光伝導もある。光を当てないときに試料に流れる電流を暗電流と呼び,光照射によって増加した電流を光電流という。光電流と暗電流の比が大きいほど光伝導は顕著に観測される。
光伝導は,光を検知する受光素子に応用されている。可視領域の受光素子としては,CdS光電セルが,自動露出カメラの受光素子などに広く使われてきたが,応答速度があまり速くないために,他の素子に置き換えられつつある。PbS光電セルやPbSe光電セルは,近赤外領域の受光素子としてよく用いられている。またHg1-xCdxTeやAu,Znなどの不純物を添加したGeなどは赤外領域の光伝導素子に使われている。赤外領域用光電セルは,気象衛星から雲の模様を観測したりするのに用いられているが,暗電流を減らすために通常は冷却して用いる。
→光伝導
光照射によって起電力が生ずる現象。この起電力を光起電力と呼ぶ。A.E.ベクレルが酸の希釈溶液で最初に見いだした光電効果も光起電力効果であるが,この現象はおもに半導体ならびに半導体界面で見られる。半導体試料の両面に電極をつけ,一方の電極を透明電極として,これを通して光を照射すると,電子,正孔対が生成される。対の数は透明電極に近い部分では多く,内に向かうに従って少なくなって,厚さ方向に濃度こう配が生ずる。このため,電子,正孔とももう一方の電極のほうに拡散するが,通常,電子の拡散速度は正孔のそれより大きいため,電子が多く存在する部分と正孔が多く存在する部分が分離し,電極間に起電力を生ずる。この現象をデンバー効果という。またデンバー効果を起こす試料に,光の照射方向と垂直方向に磁界を加えると,デンバー効果で生じた拡散電流がローレンツ力を受け,光の照射方向と磁界の方向の両者に垂直な方向に起電力を生ずる。この現象を光電磁効果photoelectromagnetic effect,またはPEM効果と呼ぶ。PEM効果を利用して,磁界検出素子や赤外線検出器が作られている。
半導体のp-n接合や半導体と金属を接触させたショットキー障壁の部分には内部電界が生じているので,この部分に光を当て,電子,正孔対を生成させると,生成した電子と正孔は内部電界により分離されて起電力を生ずる。p-n接合の場合にはp側に正孔,n側に電子が集められ,外部に負荷を接続するとp側からn側に向けて電流が流れる。この効果を利用して太陽電池が作られている。太陽電池は光のエネルギーを電気エネルギーに変換する素子で,代表的なものにSiのp-n接合を用いた太陽電池がある。その開放電圧は約0.6V,変換効率は10%以上である。安価でかつ大面積のものが容易に作れるので,単結晶シリコンの代わりにアモルファスシリコンも太陽電池によく用いられる。太陽電池は人工衛星の電源として早くから実用化されていたが,最近では小型の携帯用電子機器の電源としても広く用いられるようになった。
執筆者:小間 篤
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金属などの固体表面に光を照射すると、光を吸収してその表面から電子が放出される現象を、光電効果あるいはとくに外部光電効果とよび、放出される自由電子を光電子(こうでんし)、電子流を光電流という。気体の原子や分子が光吸収により光電子を放出しイオンになる光イオン化も、光電効果の現象である。
金属板が相対する2極の真空管において陰極の金属板に光を当てると、電流計の針が振れる。その実験によると、(1)放出される光電子の最大の運動エネルギーは、照射する光の振動数νに対して直線的に変化する。(2)νが物質によって決まった限界値より小さいときには、光電子は放出されない。(3)光の強さに比例して放出される光電子の数は増える。しかし光電子の最大の運動エネルギーは光の強さに関係しない。(4)光照射のあと、光電子の放出に時間的な遅れはない。このような光電効果の現象は、光を波動であるとしては説明できない。アインシュタインは1905年に、振動数νの光はhν(hはプランク定数)のエネルギーをもつ粒子の流れであると考え、満足な説明を与えた。この粒子は光量子または光子とよばれる。物質中に振動数νの光が吸収されるのは、hνのエネルギーをもつ光量子が吸収されることであって、電子がそれだけのエネルギーを受け取る。電子が物質の表面を越えて外に出るには、あるエネルギーWが必要であり、この閾値(しきいち)を仕事関数とよぶ。したがって、物質の外へ飛び出す電子の運動エネルギーの最大値は、(1/2)mv2=hν-W(vは光電子の速さ)によって表される。外部光電効果や光イオン化によって放出される光電子のエネルギースペクトルを測定すれば、固体や原子・分子内の電子状態や結合状態を知ることができる。この方法を光電子分光法という。光電効果はまた光電管や光電子増倍管に利用される。
一方、光(こう)伝導効果と光起電力効果という内部光電効果がある。半導体や絶縁体に光を照射すると、価電子帯から伝導帯へ電子が励起され、キャリアーである電子と正孔がそれぞれ伝導帯と価電子帯に生じ、電気伝導度が増加する。この現象を光伝導効果といい、赤外線検出器やビジコンなどに利用される。半導体で光吸収によりできる電子と正孔が界面の障壁により分離されて起電力を生ずる。この現象を光起電力効果といい、太陽電池などに利用される。
γ(ガンマ)線やX線のような短波長の光によって物質が照射されると、外殻の電子ではなく、K殻、L殻などの内殻の電子にエネルギーを与えて吸収され、それらの電子が光電子としてそれぞれ異なったエネルギーをもって外部に放出される。K殻電子による光電効果が全体の約80%を占めるが、その場合、原子番号Zと光子エネルギーhνに対しておよそZ5/(hν)7/2に比例しておこる。数百キロ電子ボルト以下のγ線やX線では物質による吸収はほとんど光電効果による。
[菊田惺志]
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光子が物質に吸収されて自由電子を生成する現象.その自由電子を光電子という.原子・分子などから光電子が放出される過程を光イオン化,固体表面から光電子が放出される過程を外部光電効果,絶縁体や半導体などで光電子が伝導電子として生成される場合を内部光電効果(光伝導)というが,普通,光電効果というのは前二者をさすことが多い.光電効果を説明するため,A. Einstein(アインシュタイン)は光の粒子性の概念を導入して光量子論を提唱し,現在の量子論の出発点となった.紫外線,真空紫外線,軟X線などを物質に照射し,放出される光電子のエネルギー分布を精密に測定することにより,原子・分子・固体のエネルギー準位や物質構造を研究する分野を一般に光電子分光学といい,最近,急速に進歩しつつある.外部光電効果は,光電管,光電子増倍管,イメージオルシコンなどとして,光の検出,増幅器として広く利用されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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