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ロッソ・フィオレンティーノ Rosso Fiorentino

世界大百科事典 第2版の解説

ロッソ・フィオレンティーノ【Rosso Fiorentino】

1495ころ‐1540
イタリアの画家。本名ヤコポ・デ・ロッシGiovanni Battista di Jacop de’ Rossi。フィレンツェ生れの,第一世代のマニエリストの一人。1530年以降フランスに渡り,フォンテンブロー派の形成に貢献した。バザーリによれば彼に師はなく,追随する巨匠もいなかった。しかし初期の作品には,フラ・バルトロメオとアンドレア・デル・サルトの定式化した古典主義的様式の影響が著しい。しかし1516‐17年,アヌンツィアータ教会にアンドレア・デル・サルトとともに描いた《聖母の被昇天》には,すでにその悪魔的な図像がみられる。

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世界大百科事典内のロッソ・フィオレンティーノの言及

【フォンテンブロー派】より

…16世紀フランスで,フォンテンブロー宮殿を中心に活動した美術家たちとその芸術を指す。2期に分けられ,第1期はフランソア1世が宮殿の大改築を意図して,イタリアから1530年,ロッソ・フィオレンティーノ,32年プリマティッチョを招き,彼らはチェリーニをはじめ多くのイタリア人美術家を率いて制作した。それはイタリア・マニエリスムのフランス移植を意味し,フランスの古典主義的伝統の基盤を形成するものであったが,70年のプリマティッチョの死をもって区切りとする。…

【マニエリスム】より

…したがって,すでに16世紀に,マニエリスム的傾向を非難する古典主義的理論家に,マニエリストを〈ミケランジェロの模倣者たち〉と同一視する傾向があったのは当然のことといえる。初期マニエリストの画家のうち,ロッソ・フィオレンティーノ,とりわけポントルモはミケランジェロから決定的な影響を受け,古典主義の限界を脱したということができる。しかし,ミケランジェロの芸術が他を圧して16世紀を支配するようになったのは,ミケランジェロの以上の特徴が,〈自然模倣〉という原則から〈主観的表現〉への変化を示していたためである。…

※「ロッソ・フィオレンティーノ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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