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フォンテンブロー宮殿 フォンテンブローキュウデン

デジタル大辞泉の解説

フォンテンブロー‐きゅうでん【フォンテンブロー宮殿】

Palais de Fontainebleau》フランス中北部、セーヌ‐エ‐マルヌ県の都市フォンテンブローにある宮殿。王室や貴族の狩猟場だったフォンテンブローの森の中央に位置する。16世紀、フランソワ1世により同国初の本格的なルネサンス様式で建造。内部装飾はロッソ=フィオレンティーノなど、後にフォンテンブロー派と呼ばれるマニエリスムの画家や彫刻家が手がけた。歴代の王により増改築が繰り返され、18世紀末、ルイ16世の時代に現在の姿になった。1981年、「フォンテンブローの宮殿と庭園」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。フォンテヌブロー宮殿。フォンテンブロー城。

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世界大百科事典 第2版の解説

フォンテンブローきゅうでん【フォンテンブロー宮殿 Palais de Fontainebleau】

パリ南東約65kmのところにあるフランス王室ゆかりの宮殿。11世紀以来この地に,王家の狩りの館が建てられていたが,1528年以降フランソア1世の下で大規模な建替えが行われ,建築家ル・ブルトンGilles Le Breton(1500ころ‐53)によって新しい離宮が造営された。室内装飾はイタリアから招かれた芸術家たちが手がけた(フォンテンブロー派)。その後,ルーブル宮殿コンピエーニュ宮殿と同じく,フランス王室が長い時間をかけて増築を繰り返す。

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世界大百科事典内のフォンテンブロー宮殿の言及

【チェリーニ】より

…ローマ在住中,彼はライバルの金工師との決闘や公金横領の罪で投獄された。しかし,フランソア1世に救われ,王に招かれて40年フランスに渡り,43‐44年にフォンテンブロー宮殿の内部装飾のため,《ニンフ像》,神話をモティーフにした〈銀製燭台〉,フランソア1世のための黄金の〈塩壺〉(ウィーン美術史美術館蔵)などを制作した。この〈塩壺〉は金工家としてのチェリーニの代表作の一つである。…

【フォンテンブロー】より

…地名は〈美しい泉〉の意。フォンテンブロー宮殿はフィリップ・オーギュストと聖王ルイが営んだ館をフランソア1世が改築し完成させたルネサンス様式の名城館で,その後アンリ2世,4世,ルイ13世,14世,15世,ナポレオン1世,ルイ・フィリップ王,ナポレオン3世らが拡大・改修工事を行った。正面中央の馬蹄形の階段は,1814年4月20日の皇帝ナポレオン1世の決別の舞台として名高い。…

【フォンテンブロー派】より

…16世紀フランスで,フォンテンブロー宮殿を中心に活動した美術家たちとその芸術を指す。2期に分けられ,第1期はフランソア1世が宮殿の大改築を意図して,イタリアから1530年,ロッソ・フィオレンティーノ,32年プリマティッチョを招き,彼らはチェリーニをはじめ多くのイタリア人美術家を率いて制作した。…

【プリマティッチョ】より

…ジュリオ・ロマーノに師事し,マントバのパラッツォ・デル・テなどの装飾に従事。フォンテンブロー宮殿造営のためフランソア1世がロマーノを招請した際,師に代わってフランスに赴く。同じくイタリアから招かれたロッソ・フィオレンティーノの没後は,宮殿建築監督の地位を占め,フランソア1世,アンリ4世,シャルル9世に仕え,宮殿の装飾を行う。…

※「フォンテンブロー宮殿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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