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ロペス Lopes, Fernão

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロペス
Lopes, Fernão

[生]1380頃
[没]1460頃
ポルトガルの年代記作者。「ポルトガル歴史の父」と呼ばれる。平民出身であったが,トレデトンボ文書館に勤め,国王ジョアン1世 (名王) ,次いでドゥアルテに仕えてポルトガル歴代王の年代記を編纂した。国王の年代記作者ながら民衆の立場に立つ彼の歴史観は,主著『ドン・フェルナンド王年代記』 Crónica de Don Fernando (2巻) に最もよく表われている。

ロペス
Lopes, Rodrigo

[生]?
[没]1594.6.7. タイバーン
イングランドの女王エリザベス1世侍医。ポルトガル生れのユダヤ人で,1559年本国の宗教迫害を逃れてイングランドに亡命。ロンドンで医師として開業し,名声を博して,86年女王の侍医に抜擢された。 94年反スペイン派の指導者2代エセックス (伯) からスペイン政府と通じて女王毒殺の陰謀をたくらんでいるとして取調べられ,強引に処刑された。これは反スペインの機運をあおろうとしたエセックスのでっちあげ裁判と考えられている。シェークスピアの『ベニスの商人』中のシャイロックのモデルとされる。

ロペス
López, Carlos Antonio

[生]1790.11.4. アスンシオン
[没]1862.9.10. アスンシオン
パラグアイの政治家,独裁者。大統領 (在任 1844~62) 。在任中は J.フランシア前大統領の孤立政策を若干修正してブエノスアイレスとの交易,ローマ教皇庁との外交関係の樹立などを実施し,内政面でも道路建設,学校建設など国の近代化に努めた。しかし在職 18年間中,国際的には多難で,アメリカおよび近隣国との関係は円滑でなかった。

ロペス
López, Francisco Solano

[生]1827.7.24. アスンシオン
[没]1870.3.1. セロコラ
パラグアイの軍人,政治家,独裁者。大統領 (在任 1862~70) 。 C.ロペスの子。 18歳のとき代将としてアルゼンチンと戦い,1853~55年外交使節として渡欧。 55年陸相に就任,近隣諸国の内紛にたびたび介入した。 62年父の死によって大統領となり,独裁体制をしいて,軍隊を強化。ウルグアイのブランコ党を支援したが,ウルグアイ,ブラジル,アルゼンチンの反発を招き,64年3国を相手とするパラグアイ戦争に突入。陸軍元帥として陣頭指揮をとったが,70年ブラジル軍により殺害され,パラグアイの敗戦が決定した。パラグアイはこの戦争によって領土と全人口の半分以上を失い,国力は著しく疲弊した。

ロペス
López, Narciso

[生]1798. ベネズエラ
[没]1851.9.1. ハバナ
キューバ解放運動の先駆者。スペイン軍に入隊し,S.ボリバルのベネズエラ独立戦争弾圧に参加。 1823年キューバ,その後スペインに渡り,将軍,上院議員,トリニダード総督になったが免じられ,スペインに反抗する立場に変った。 48年のキューバ反乱に失敗してアメリカに亡命。キューバのアメリカへの併合を主張。 50,51年の2回キューバ上陸を企てて失敗,捕えられ処刑された。

ロペス
López, Vicente Fidel

[生]1815
[没]1903
アルゼンチンの歴史家,ジャーナリスト,政治家。 J.ロサス独裁に反対して 1840~52年チリに亡命し,ロサス批判の文筆活動を続けた。 53~61年アルゼンチンに帰り,J.ウルキサ大統領を支持。ウルキサの失脚とともに再びアルゼンチンを去った。主著『アルゼンチン共和国の歴史』 Historia de la República Argentina (10巻,1883~93) 。

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百科事典マイペディアの解説

ロペス

パラグアイの政治家。1844年―1862年大統領。独裁者フランシア時代の鎖国政策をやめ,軍隊の改革,教育の普及,国営企業設立による産業振興,対外貿易の拡大などパラグアイの近代化に実績をあげ,同国を当時のラテン・アメリカの最先進国にした。

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デジタル大辞泉プラスの解説

ロペス

体操、男子跳馬競技の技。側転跳び1/4ひねり前方伸身宙返り2回半ひねり(伸身カサマツ跳び2回ひねり)。名称はキューバの体操選手、エリック・ロペスから。

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世界大百科事典 第2版の解説

ロペス【Fernão Lopes】

ポルトガル中世の最大の文筆家生没年不詳。14世紀から15世紀半ばごろの人と推定されている。《ドン・ペドロ王時代史》《ドン・フェルナンド王時代史》《ドン・ジョアン王時代史》などの著書がある。ロペスまでの〈歴史家(クロニスタ)〉は史料を無批判に編集するにすぎなかったのに対して,彼は及ぶ限りさまざまな史料を集め,分析し,検討したうえでそれを利用した。その視点は複眼的で,歴史を動かす原動力の一つとしての民衆にも鋭い注意を払った。

ロペス【Francisco Solano López】

1826‐70
パラグアイの大統領。在任1862‐70。パラグアイに共和制を導入した父カルロス・アントニオ・ロペスCarlos Antonio L.(1844‐62年大統領)の後継者として1862年大統領に就任。経済発展に努めるとともに軍事力を増強し,ラ・プラタ諸国の調停者たらんとして64年末パラグアイ戦争に突入。大統領みずから軍を率いて戦ったが,70年3月1日コラの丘の戦で戦死。パラグアイ愛国の英雄とされている。

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367日誕生日大事典の解説

ロペス

生年月日:1827年7月24日
パラグアイの軍人,政治家,独裁者
1870年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内のロペスの言及

【パラグアイ】より

…同政権は独裁制の下で閉鎖的政策を堅持した。 彼の死後44年3月三権分立の新憲法が制定され,C.A.ロペスCarlos Antonio López(1792‐1862)が初代大統領に選出された。ロペス政権は開放的な自由主義政策を実施し,国の近代化,経済開発,外国との交流に努めた。…

※「ロペス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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