日本では、中古から饗宴に関して見られ、その場合の「三」は、第三の意でも三度の意でもあった。その後、次第に三献の作法が細かく定式化し、室町時代末には「式三献」さらに「三三九献」「三三九度」「三種三献」などの語が用いられるようになった。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…宮廷での神事や節供には酒宴が催され,大きな盃(さかずき)に満たされた酒が一座の全員にまわされた。一巡するとこれが一献(いつこん)であり,三献が普通であった。料理の品目を献立というのも,この酒宴からきている。…
…出陣の儀式が故事による式法にのっとり体系化されたのは後世のことである。出陣に臨み武将以下が列座し,鮑(あわび)・勝栗・昆布で三献の儀式が行われたことは《鎌倉年中行事》にも見えており,鎌倉時代以降しだいに一般化した。戦場への門出を意味した出陣式は,その酒肴品に語呂のよいものが選ばれた。…
※「三献」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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