下淵名遺跡(読み)しもふちないせき

日本歴史地名大系 「下淵名遺跡」の解説

下淵名遺跡
しもふちないせき

[現在地名]境町下淵名

大間々(おおまま)扇状地の扇端部西南の標高五〇メートルほどの台地先端部に位置。上武(じようぶ)バイパス建設と周辺の圃場整備に伴い調査された。古墳前期から平安時代の集落跡が台地東縁から南縁にかけてあり、その北側に古墳群と中世館跡を検出。古墳群は六世紀前半のものを最古とし、七世紀後半のものまで継続して発見された。当地域は「和名抄」佐位(さい)郡淵名郷に比定され、奈良・平安時代の集落跡が発掘されている。土器の分布は東西一・五キロ、南北二キロに及び、淵名郷は台地先端部全域に及んだと考えられる。台地下の低湿地が水田耕作に格好の地であったことによるものであろう。集落は掘立柱建物数棟を中心に、竪穴住居が一〇軒ほど集まったもので、それぞれ約一五〇メートルほどの間隔をおいて位置する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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