中島湊(読み)なかしまみなと

日本歴史地名大系 「中島湊」の解説

中島湊
なかしまみなと

江戸時代中島川(矢部川下流)両岸に形成された柳川藩の河湊。現在は中島港として第二種漁港に指定されており、右岸にあたる大和町中島の浦島うらしま橋の周辺より下流に漁船が係留されている。海苔養殖が主で、カニ、エビ、グチワラスボハゼ、クチゾコなどが水揚げされる。有明海の最奥部の沿岸は干潟遠浅のためよい海湊がなく、柳川藩は矢部やべ川の河湊を利用して年貢米や産物などを運んだ。潮待ち・風待ちの帆掛船矢部川を上下し、有明海を航行したのである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む