中臣金(読み)なかとみのくがね

改訂新版 世界大百科事典 「中臣金」の意味・わかりやすい解説

中臣金 (なかとみのくがね)
生没年:?-672(天武1)

天智朝の右大臣藤原鎌足従弟,すなわち鎌足の叔父の中臣糠手子(ぬかてこ)の子。鎌足の没後(669),中臣氏の長老として朝廷祭祀を担当し,671年(天智10)正月には太政大臣大友皇子,左大臣蘇我赤兄(そがのあかえ)に次ぐ右大臣に任命され,その冬,天智天皇重態の際には他の重臣とともに大友推戴を誓う。しかし翌年夏の壬申の乱で大友が敗死すると,赤兄らは流刑で済んだが,金のみは浅井の田根(滋賀県長浜市の南部)で斬られ,子は流刑となった。
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関連語 青木

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中臣金」の解説

中臣金 なかとみの-かね

?-672 飛鳥(あすか)時代の官吏
藤原鎌足(かまたり)の従兄弟(いとこ)。天智(てんじ)天皇に重用され右大臣となる。壬申(じんしん)の乱では近江(おうみ)朝の軍をひきいてたたかったが,大海人皇子(おおあまのおうじ)(のちの天武天皇)の軍に敗れ,天武天皇元年8月25日殺された。名は「くがね」ともよむ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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