今村新田
いまむらしんでん
[現在地名]大津市田上森町
大戸川南岸に位置し、東は羽栗村。寛永―正保(一六二四―四八)の頃里村の村人が里・堂・枝三ヵ村(羽栗・森・枝とも)地先の大戸川沿いの沼地に堤を築いて開発を始め、さらに慶安三年(一六五〇)森村地先の荒地を開墾して独立村とした膳所藩領の新田で、同藩による検地は元禄四年(一六九一)。文政石高帳に九七石余とある。寛延年間(一七四八―五一)に家数が六軒にまで増えたが、宝暦六年(一七五六)・明和八年(一七七一)と度々の洪水で大きな被害を受け、柴・薪などを得る山林もなく新田経営は苦しかったようである。
今村新田
いまむらしんでん
[現在地名]青海町今村新田
田海平野へ南から延びる微高地の舌状台地の下に集落があり、北は須沢村・田海村、東は姫川と山を越えて岩木村・頭山村(現糸魚川市)に接する。正保国絵図に今村として高三七〇石、天和三年郷帳に高一五三石四斗余とあり、以後ほとんど変化しない。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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