伊藤 貞市
イトウ テイイチ
大正・昭和期の鉱物学者,結晶学者 東京大学名誉教授。
- 生年
- 明治31(1898)年9月27日
- 没年
- 昭和55(1980)年10月10日
- 出生地
- 大阪府
- 学歴〔年〕
- 東京帝大地質学科〔大正12年〕卒
- 学位〔年〕
- 理学博士〔昭和14年〕
- 主な受賞名〔年〕
- 日本学士院賞〔昭和20年〕「珪酸塩結晶構造の研究」,ロブリング・メダル賞〔昭和43年〕,勲二等瑞宝章〔昭和43年〕
- 経歴
- 大正14年東京帝大助教授となり、のちスイス、イギリスに留学。昭和18年東京帝大教授に就任、31年より京都大学教授を兼任し、34年に東大、37年に京大を退官。神津淑祐と共に日本におけるX線結晶学の分野を開拓し、双空間格子、鉱物の多像の研究は日本の鉱物学の水準を大きく高めたものとして名高い。著書に「本邦産鉱物の形態的研究」「本邦鉱物図誌」「日本鉱物誌」など多数。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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伊藤貞市
いとうていいち
(1898―1980)
鉱物学者、結晶学者。大阪市生まれ。1923年(大正12)東京帝国大学地質学科を卒業後、京都帝国大学大学院、東京帝国大学理学部助教授などを経て、1943年(昭和18)東大理学部教授となる。その後京大教授を併任する。1953年(昭和28)日本学士院会員に選出される。X線結晶学、数理結晶学の分野で、日本の鉱物学の近代化に多大の貢献をした。おもな著作は『X-ray Studies on Polymorphism』(1950)で、個々の原子や分子のみならず、それらの集団も結晶を構成する単位となりうることを明らかにした。これらの業績によって、日本結晶学会、日本鉱物学会、イギリス鉱物学会の名誉会員となり、1968年にアメリカ鉱物学会よりロブリング・メダルを受賞した。
[松原 聰]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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いとうていいち
伊藤貞市
1898.9.27~1980.10. 10 大阪生れ。東京大学卒。その後京都大学大学院でアルカリ岩を研究。1924年に東大鉱物学の講師,25年に助教授,東大教授(1943~58),京大教授(1956~61)を歴任。日本の鉱物学を近代鉱物学に引き上げるために尽力した。チューリヒおよびマンチェスター大学でP.NiggliやW.L.Braggに数理結晶学・X線結晶学を学んだ後,結晶構造解析を進めながら,鉱物の多形現象の問題を解くために双晶空間群論を発想・展開し,多大の業績をあげた。この間,X線粉末解析による結晶格子解析の一般解法(伊藤の方法)を導き出した。これらの業績に対して,68年に米国鉱物学会からRoeblingメダルを受賞。1945年帝国学士院賞受賞。53年学士院会員,日本結晶学会長(1953~55),日本鉱物学会長(1956~60)。おもな著書『X-ray Studies on Polymorphism』(1950)。
執筆者:冨田 克敏
出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報
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伊藤貞市 いとう-ていいち
1898-1980 大正-昭和時代の鉱物学者。
明治31年9月27日生まれ。大正14年母校東京帝大の助教授となり,欧州留学をへて昭和18年教授。31年から京大教授を兼任する。X線結晶学の分野を開拓した。20年学士院賞。昭和55年10月10日死去。82歳。大阪出身。著作に「本邦鉱物図誌」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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伊藤 貞市 (いとう ていいち)
生年月日:1898年9月27日
大正時代;昭和時代の鉱物学者
1980年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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