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信海 しんかい

美術人名辞典の解説

信海

勤王僧、京都清水寺住職。忍向の弟。光乗院住職から高野山で修業し、万勝院住職を経て成就院で紫衣を許される。安政大獄に座し、安政6年(1859)寂、39才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

朝日日本歴史人物事典の解説

信海

生年:生没年不詳
鎌倉後期に活躍した画僧。京都醍醐寺に伝わる3点の白描図像(画稿)にその名が残る。詳しい経歴は不明であるが,『尊卑分脈』に似絵の名手藤原信実の第4子として記された「醍醐法印信海」に当たるとみられる。「毘沙門天像」「金剛童子像」「不動明王像」(すべて醍醐寺蔵)はいずれも弘安年間(1278~88)に描かれており,活躍期の点でも信実の子とみて矛盾しない。3点は単なる模写ではない信海創案の図と思われ,墨の濃淡を使い分ける新しい描法も用いられている。なかでも「不動明王像」は,斬新な像容と闊達な描線で名高い。<参考文献>佐和隆研「信海とその図像」(『仏教芸術』12号)

(矢島新)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

しんかい【信海】

13世紀後半に活躍した醍醐寺の画僧。生没年不詳。《毘沙門天像》《金剛童子像》《不動明王像》の白描図像が醍醐寺に伝存する。とくに1282年筆の《不動明王像》は伝統的形式にとらわれない図様で,また白描特有の鉄線でなく,濃淡,肥瘦のある墨線を用いて活写されており,ここに新たに渡来した中国の水墨画の影響をみることができる。信海は《尊卑分脈》には,似絵(にせえ)の名手藤原信実(のぶざね)の四男で,醍醐寺の僧となり,法印に叙せられた,とあり,その人と見られる。

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