徴兵制のもとで、義務としての兵役を拒否すること。兵役拒否はさまざまの理由から行われるが、怠慢や臆病(おくびょう)からではなく、自己の宗教的信条から戦争・軍務が、また自己の政治的信念から特定の戦争・軍務が反すると確信する立場から拒否するものを良心的兵役拒否者conscientious objectorという。良心的兵役拒否を法制化しているのは、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、イスラエル、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イタリア、オーストリア、ブラジルの17か国である。
国によって細部には相違があるが、基本的には、〔1〕この権利が認められたのは当初は宗教的理由(そのために闘ったメノナイト、クェーカー、ブレズレンなどの歴史的平和教会に属する者に対して)だけであったが、現在は全宗派、さらに哲学的、政治的理由にまで拡充されている。〔2〕良心的兵役拒否の申請者を審査する機関がある。〔3〕ほとんどの国で兵役にかわる代替業務が義務づけられている。しかし代替業務をも拒否する者、申請手続いっさいを拒否する者、申請が認められなくても拒否を貫く者は厳しく処罰されており、良心的兵役拒否の権利が認められても、それは国への忠誠義務、国防協力義務まで解除されるものではないことを示している。法制化されていない国での兵役拒否者は処罰覚悟でその主張を貫いており、多くの国で法制化の要求は強まっている。
[林 茂夫]
良心的兵役拒否の歴史はかなり古く、古代ローマ帝国に対する初期キリスト教徒たちの闘いとして、ローマの兵役に服することを拒否し処刑された北アフリカの青年マクシミリアヌスの記録がある。良心的兵役拒否が大きな問題になったのは近代国家が国民皆兵制を施行してからで、とくにアメリカでは、宗教戦争時代の福音(ふくいん)主義的再洗礼派の流れをくむメノナイトをはじめクェーカー、ブレズレンなど歴史的平和教会の信徒を中心に、英仏七年戦争の際に法制化が実現し、さらに、アメリカ独立戦争、南北戦争を通じてその進展がみられた。第一次世界大戦時には歴史的平和教会その他の宗派の信徒や、良心的反戦主義にたつ社会主義者(イギリスの独立労働党など)らによる兵役拒否が続出、弾圧も厳しかったが、イギリスでは法制化が実現した。現在のようになったのは主として第二次大戦後である。
[林 茂夫]
抵抗権や市民的不服従の伝統が弱く、また天皇制国家による厳しい弾圧で兵役拒否者は少ないが、日露戦争時の矢部喜好(きよし)の兵役拒否、1939年(昭和14)の明石真人、村本一生、三浦忠治らの抗命、兵役拒否とそれを契機とした灯台社弾圧事件が知られている。兵役拒否ではないが、兵役忌避の例として、明治初年、関西以西で広範に起こった徴兵令反対一揆(いっき)(血税一揆)が有名である。また敗戦まで毎年数千人の兵役忌避者がいたことが敗戦後に明らかになった。たとえば1917年(大正6)には逃亡者2628人、身を傷つけたり潜匿した者1816人、時効の満40歳まで完全に逃げきって徴兵を免れえた者2536人がいた。戦時体制の強まった1934年(昭和9)でも、それぞれ1832人、417人、1249人もいたのである。
日本でも敗戦後、兵役拒否者の苦難の歴史に関する研究が徐々に進められたが、ベトナム戦争激化のなか、アメリカでの徴兵拒否や、日本を舞台とした米兵士の反戦脱走の動きに影響されて、兵役拒否への関心が高まり、研究も促進された。
[林 茂夫]
『「特別企画・日本人の兵役拒否と抵抗の体験」(『潮』1972.9)』▽『菊池邦作著『徴兵忌避の研究』(1977・立風書房)』▽『北御門二郎著『ある徴兵拒否者の歩み――トルストイに導かれて』(1983・径書房)』▽『山村基毅著『戦争拒否 11人の日本人』(1987・晶文社)』▽『阿部知二著『良心的兵役拒否の思想』(岩波新書)』▽『稲垣真美著『兵役を拒否した日本人――灯台社の戦時下抵抗』(岩波新書)』
…ニューヨークのものみの塔聖書小冊子協会Watch Tower Bible and Tract Societyの日本支部で,明石順三(1889‐1965)を支部長として1926年に結成されたキリスト教団体。彼らは聖書を無謬の記録とし,唯一の神を信じて偶像崇拝を禁じ,キリストの間近い再臨により,悪魔の支配する地上の制度・機構は滅ぼされるとし,戦争を聖書のいう殺人罪として認めず,兵役拒否を唱えた。39年明石順三の長男真人と伝道者村本一生の兵役拒否を契機に,灯台社は各地で一斉検挙され,信徒たちは逮捕され,40年に強制閉鎖命令,42年に建物の強制売却処分をうけた。…
※「兵役拒否」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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