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内務府 ないむふNei-wu-fu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

内務府
ないむふ
Nei-wu-fu

中国,清朝で皇室事務を行う役所朝は順治1 (1644) 年に北京に都を定めると,内務府を設立して宦官の弊害を避けようとした。しかし呉良輔の進言により同 11年に内務府を廃して「十三衙門」を設立し宦官を任用した。次いで康煕帝が即位すると再び内務府を復活して宦官を退け,以後,宗人府とともに皇室事務を取扱う中枢機関となった。広儲司以下の7司,上駟院以下の3院,円明園,文淵閣などの多くの役所,三旗包衣驍騎営,護軍営などの直属軍隊があり,皇室財産の管理,会計,宮中の建築の修繕,宦官や宮女の選択,牧畜事務,内府の書籍の管理などにあたった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ないむふ【内務府 Nèi wù fǔ】

中国,清朝の中央官庁の一つで,皇帝自身に関する事務を取り扱う役所。内務府は皇帝直属の上三旗包衣によって構成され,その中から粤海関(えつかいかん)監督や織造のような収入の多いポストの欽差官が派遣された。長官を総管大臣といい,定員はなく,満州人の大臣の中から特命で任命され,また属官に堂郎中,主事,筆帖式があった。内務府には付属機関も置かれ,皇室財産の管理など,皇帝に関する諸事務を担当した。前朝の明は宮廷の内外で宦官の跋扈(ばつこ)に苦しんだが,内務府の設立により清朝一代は宦官が政治に関与する弊害は比較的少なかった。

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