中世の歌道で使用を禁制している歌句。たとえば、「吉野山花のふるさと跡絶えて空しき枝に春風ぞ吹く」(新古今集、藤原良経(よしつね))、「消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露」(同、藤原定家(ていか))、「立ちかへりまたも来て見む松島や雄島の苫屋(とまや)波にあらすな」(同、藤原俊成(しゅんぜい))などでの下線部の歌句のように、比較的近い時代の歌人が創始した、特色ある優れた表現を「主(ぬし)ある詞(ことば)」とし、また一時期流行した「心ちこそすれ」「吹くあらしかな」などの気の利いた表現をもこれに準じて、それらの使用を禁じた。藤原為家(ためいえ)の歌論書『詠歌一体(えいがいってい)』や慶融(けいゆう)の『追加』などにまとめて掲げられている。その背後には、個性的表現の安易な模倣、乱用が作品をかえって陳腐なものに堕さしめることへの警戒心があったと考えられるが、自由な表現を拘束する結果ともなった。なお、不吉な表現は禁忌の詞とよばれ、とくに宮廷周辺では避けねばならないとされるが、制詞とは区別される。
[久保田淳]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報