加藤村三郎(読み)かとう むらさぶろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤村三郎」の解説

加藤村三郎(5代) かとう-むらさぶろう

?-1876 幕末陶工
尾張(おわり)(愛知県)瀬戸の人。文久3年(1863)はじめて染付けに文人画風の書画をえがきだす。またコバルトをくわえた瑠璃釉(るりゆう)で光沢をだし,これにさまざまに彩色する方法を考案した。明治9年死去。通称ははじめ清兵衛。号は清瓶。

加藤村三郎(4代) かとう-むらさぶろう

?-? 江戸時代後期の陶工。
3代加藤村三郎の子。尾張(おわり)(愛知県)瀬戸の人。天保13年(1842)家業をつぐ。磁器改良につとめる一方,古法にならい茶器にも技をみせた。名古屋藩主の命をうけ,青花磁器取締役をつとめた。通称ははじめ建十。号は松籟園。

加藤村三郎(3代) かとう-むらさぶろう

?-? 江戸時代後期の陶工。
2代加藤村三郎の子。尾張(おわり)(愛知県)瀬戸の人。家業の陶業をいとなみ,文政3年(1820)磁器製作に転じた。通称ははじめ源十。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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