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勘合船 かんごうせん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

勘合船
かんごうせん

室町時代,勘合符をもって明国に渡った貿易船。遣明船渡唐 (ととう) 船ともいう。初期は幕府の直営で派遣したが,のちには有力な寺社や大名が派遣するようになり,多くは堺,博多の商人が一切の経営を行うようになり,幕府は単に勘合貿易の権利を保持しているにすぎなくなった。応仁の乱後は大内氏と細川氏が利権を争い,大内船,細川船などの名で呼ばれた。しばしば途中で海賊に襲われたらしく,室町幕府は,航海途上の沿岸の実力者に渡唐船の警固を命じている。応仁以後は船3隻,人員 300人,10年1貢という制限が設けられたが,実際はこの制限は守られなかった。

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デジタル大辞泉の解説

かんごう‐せん〔カンガフ‐〕【勘合船】

室町時代、勘合を交付されてと正式に通商した船。遣明船。

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大辞林 第三版の解説

かんごうせん【勘合船】

勘合を所持して、明と貿易を行なった船。遣明船。

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世界大百科事典内の勘合船の言及

【織物】より

…室町幕府は勘合符をもって明朝と貿易船を往来させた。勘合船は足利義政の時代に1船団3隻に制限されたが,それ以前は4,5隻から10隻という船団で,応仁の乱以前に渡明した船数は58隻に及んでいる。したがって貿易貨物も莫大な数量にのぼり,銅銭,陶磁器,香薬,染料などさまざまなものがもたらされたが,各時代を通じて大きな額を占めたのは絹織物と生糸である。…

【勘合貿易】より

…一般には,勘合(勘合符)を用いておこなわれた貿易と解されているが,勘合は船舶の渡航証明書ではあるけれども貿易の許可証ではなく,勘合貿易という用語は日明間の貿易の実体を正しくいいあらわしたものとはいえない。むしろ,勘合を所持した勘合船の貿易とか,遣明船の貿易とか表現する方が適当であろう。勘合船は1404‐1547年(応永11‐天文16∥明の永楽2‐嘉靖26)のあいだに17回84隻が渡航した。…

※「勘合船」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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