日本大百科全書(ニッポニカ) 「匿名逮捕状」の意味・わかりやすい解説
匿名逮捕状
とくめいたいほじょう
性犯罪やストーカー犯罪の被害者を保護するため、被害者の氏名や住所などを伏せた逮捕状。被害者の居所や名前を伏せるだけでなく、氏名のかわりに愛称、ハンドルネームなどを用いたり、被害者の顔写真添付で代用したりするくふうがなされる。2012年(平成24)11月、脅迫容疑で逮捕された容疑者が警察の読み上げた逮捕状から被害者の結婚後の姓や住所を知り、被害者の居場所を割り出して刺殺した神奈川県の逗子(ずし)ストーカー事件が発生した。警察庁は2012年12月、性犯罪やストーカー被害者の再被害を防ぐため、容疑事実が特定されていることを前提に、逮捕状への被害者情報の記載は、(1)容疑者が知っている旧姓や通称名を用いる、(2)容疑者に知られていない被害者の氏名、住所、居所などは伏せる、などの配慮を求めた。以降、全国の道府県警や警視庁では、匿名逮捕状を用いるケースが相次いでいる。さらに、逮捕状だけではなく、検察が被害者の氏名、住所などを伏せたままの「匿名起訴状」で起訴するケースも増えている。
一方で、逮捕状を発付する裁判所は匿名化に慎重な姿勢で、匿名逮捕状や匿名起訴状に実名などを明記するよう修正を求めたケースもある。刑事訴訟法は被害者の氏名や、犯行の日時、場所、手段などの容疑事実をできるだけ具体的に逮捕状や起訴状に記載するよう求めている。これは、内容が不明確だと、被告が裁判において反論する防御権を侵害する恐れがあるほか、容疑者が理由なく逮捕されたり、冤罪(えんざい)が発生する危険があるからである。このため裁判所は、被害者の生命や身体への危険が具体的に生じる恐れがある場合に限って、匿名逮捕状や匿名起訴状を認めるとしている。しかし、この場合でも判決文などで被告に被害者の実名や住所が伝わる可能性は排除されていない。法曹関係者からは、被害者保護と被告防御権の確保を両立しようとするなかで、匿名運用には限界があるとの指摘も出ている。
[編集部]