改訂新版 世界大百科事典 「千歯扱き」の意味・わかりやすい解説
千歯扱き (せんばこき)
長さ50cm程度の横木に,長さ15~20cmの細い帯板(歯)を並べて取り付け,それに穀粒をひっかけて脱穀する用具。作物により帯板どうしの間隔が異なるため,稲扱き,麦扱きと呼び分けることがあるが,イネ用が中心であったため,稲扱きのみを示す場合が多い。ほかにダイズ用などもあった。なお,稲扱きでは穂をしごいて1粒ずつに脱粒するが,麦扱きでは穂首から落とすだけで,後足で踏みつけたりして1粒ずつにする工程が加わる。帯板の材質は,麦扱きではタケを削ったもので十分であるが,稲扱きでは脱穀性能を保つため,耐磨耗性と強度の点から鉄の鍛造品が用いられた。稲扱きは元禄年間(1688-1704)に大坂の近郊でつくられ50年ほどの間にほぼ全国にひろまったが,千歯扱きそのものはもう少し以前からあって,それはタケ製の帯板を並べた麦扱きであった。帯板が鉄製となってはじめてイネの脱穀が可能となった。以後200年にわたって用いられたが,明治後期に現れた回転式の足踏脱穀機にとって代わられた。千歯扱き以前には,2本の木やタケの棒を片手にもって穂をはさんで,しごくようにして脱穀していた。これを扱箸(こきばし)という。日本のイネはジャポニカ種が中心で脱粒難であるため,インディカ種のような打つ方法ではなく,扱く方法が適している。そのため,このような脱穀用具が用いられていた。千歯扱きのような脱穀方法が長期間中心的に用いられたのは日本だけである。千歯扱きの出現によりイネの脱穀作業の能率は約3倍になった。千歯扱きが急速な普及をみせたのは,当時の労働力不足と賃金の高騰に対処するためであった。秋の臨時雇用の機会が減って後家の実入りが少なくなったという冗談から〈後家倒し〉という別名がつけられた。
執筆者:堀尾 尚志
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報