吉原重俊(読み)ヨシハラシゲトシ

デジタル大辞泉 「吉原重俊」の意味・読み・例文・類語

よしはら‐しげとし【吉原重俊】

[1845~1887]官僚・初代日本銀行総裁。薩摩の人。通称弥次郎寺田屋事件に連座して謹慎処分となるが、後に許されて薩摩藩からの留学生として渡米岩倉使節団書記官を務めるなど外交官として実績を残した後、大蔵省に移って活躍した。明治15年(1882)に日本銀行が創立されると、その初代総裁となった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「吉原重俊」の解説

吉原重俊 よしはら-しげとし

1845-1887 明治時代の官僚。
弘化(こうか)2年4月生まれ。もと薩摩(さつま)鹿児島藩士。慶応2年森有礼(ありのり)らとアメリカ留学,明治6年在米日本公使館一等書記官。のち大蔵大書記官,横浜正金銀行管理長,大蔵少輔をへて15年日本銀行初代総裁となった。明治20年12月19日死去。43歳。通称は弥次郎。

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