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和賀・稗貫一揆 わがひえぬきいっき

世界大百科事典 第2版の解説

わがひえぬきいっき【和賀・稗貫一揆】

1590年(天正18)陸奥国に起きた一揆。同年7月,豊臣秀吉による南部信直に対する〈南部内七郡〉宛行によって,和賀・稗貫両郡は南部領に編入され,和賀・稗貫両氏は従来の領主権を失った。同年10月葛西・大崎氏の旧領に一揆が蜂起したのに続いて,和賀義忠と稗貫広忠は一族以下を率い,鬼柳伊賀守らをさそって,稗貫郡鳥谷ヶ崎(とやがさき)城に秀吉麾下の浅野庄左衛門重吉を攻囲した。急報に接した南部信直によって一揆勢は退けられ,重吉は救出された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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