日本大百科全書(ニッポニカ) 「哲学書簡」の意味・わかりやすい解説
哲学書簡
てつがくしょかん
Lettres philosophiques
ロシアの思想家ピョートル・チャアダーエフによって1829年から31年にかけてフランス語で書かれた八編からなる書簡形式の論文。著者の生前に発表されたのは、1836年総合雑誌『テレスコープ』の第15号に掲載された第一書簡(露訳)だけであって、完全な形では1966年ドイツの学会誌『東欧史研究』11巻に初めて掲載された。この論文のなかで著者が主張したのは以下の5点である。
(1)歴史とは神の摂理の働きかけのもとに、この地上に神の御国を打ち建てようとする人類社会の継続的発展にほかならない。(2)この人類全体の統一という概念を形成することを許すものは、キリスト教的観点だけである。(3)キリスト教の作用は個人的であると同時に社会的なものであって、これを行うことができるのはカトリックの教会だけである。(4)ビザンツからギリシア正教を採用したロシアは、かつて一度たりとも他の民族とともに歩いたことのない人類社会の孤児である。(5)もしもロシアが文明国になろうとするなら、人類のなしてきた教育を繰り返さなければならない。
この論文をめぐってロシアの思想界は二分し、やがてそれは「スラブ派」と「西欧派」を形成するようになり、一方、著者たるチャアダーエフは皇帝から「狂人」であると宣言された。
[外川継男]
『外川継男「チャアダーエフ『哲学書簡』――翻訳と解説」(『スラヴ研究』6~9号所収・1962~65・北海道大学)』