神あるいは神的存在の被造物に対する計画・導きをいう。原語のproは〈あらかじめ〉と〈ために〉の二つの意味があり,予知,予見,配慮の意。アイスキュロスの劇《プロメテウス》は,この名で呼ばれる神が人間の運命を予見し配慮したかどでゼウスに罰せられることを描いているが,このことは摂理が運命と自由の中間のものであることを表している。ストア哲学(クリュシッポス,キケロ)は,世界を支配する永遠のロゴス(法則,定め)のもとでいかにして自由が成立するかを論じ,可能と現実,必然と偶然に関わる様相論理に着手するとともに,〈自然本性に従って生きる〉意志を人間にみとめた。これは宇宙のロゴスと内なるロゴスとの調和を求めることである。キリスト教では,神の選びと預定の下に世界と人間が保持されることを摂理と呼んでいる。それは救済と同じではないが,悪が猛威をふるうこの世にも救済は準備されていると信ずるもので,十字架の逆説を支える類比的な神認識の一つである。近代の哲学では自然法や進歩の観念が神の摂理の代用品のようになり,ニュートンによれば神は有能な時計師で,世界はこれによってつくられた自動巻き時計であるとされる。ドイツ・ロマン派の歴史主義やマルクスの唯物史観では,摂理は歴史と実践の中におかれるが,これに対しサルトルやメルロー・ポンティは,摂理といわないまでも歴史の両義性を説き,実践に関する素朴なオプティミズムを排している。
→救い
執筆者:泉 治典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
世界のすべてを神の意志が配慮し、管理して終局の完成に導くとする思想。『旧約聖書』においては「創世記」(22章8)で、アブラハムがその子イサクに答えて「子よ、神みずから燔祭(はんさい)の小羊を備えてくださるであろう」と述べた箇所に、『新約聖書』のなかでは「マタイ伝福音書」(6章24~34)で、空の鳥、野の百合(ゆり)を天の父が養うことへのイエスの言及のなかに、より明瞭(めいりょう)な摂理の思想がみられる。この摂理の観念はギリシア・ローマ世界で発達し、とくにストア派において論じられた。ストア派を奉ずる皇帝マルクス・アウレリウスは「神のわざは摂理に満ちている」(『自省録』)と述べている。教父アウグスティヌスは、世界歴史を神の摂理による「人類の真正な教育」の学校とみなし(『神の国』10章14)、この世の災禍すらも神の摂理のもとにあるとした。宗教改革者カルバンは摂理の思想を徹底し、救済と絶滅を神の計画とみた。
[加藤 武]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…この語はパウロの《ローマ人への手紙》8章29節〈神はあらかじめ知っている者たちを,さらに御子のかたちに似たものにしようとしてあらかじめ定めた〉に由来する。のちの教会では予知と預定を若干区別して,予知providenceを一般に〈摂理〉と訳すのであるが,ヘブライ語には古くはこの区別はなく,パウロの文章もその伝統に従って概念上の区別を立てていないとみられる。ヘブライ語の動詞jāda‘は〈知る〉〈選ぶ〉〈預定する〉の意に用いられる。…
※「摂理」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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