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囲田 いでんwei-tian; wei-t`ien

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

囲田
いでん
wei-tian; wei-t`ien

干拓地のこと。中国の江南地域で,湖沼,水沢,河岸などを堤防で囲んで干拓した耕作地。囲は 10世紀半ばの五代南唐の頃からチャン(長)江下流域,タイ(太)湖周辺に見られるようになり,代,特に北宋末から南宋にかけて非常に普及し,江南の開発と農業生産力の向上に寄与するところが大きかった。宋代には囲田は圩田(うでん),湖田などとも呼ばれたが,圩田は堤防(圩)が数十里にもわたる大規模なものをさして名づけられた。これらは堤防の構築,排水灌漑の施設など多くの経費と労働力を必要としたので,官戸形勢戸寺観などの有力者によって経営され,荘園を形成していた。しかし一方,ほかの農地の水利灌漑を妨げることも多く,社会問題を引き起こすことにもなった。

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世界大百科事典 第2版の解説

いでん【囲田 wéi tián】

中国,五代以降,江南を中心に構築された新しい水利田。江湖の周辺に強固な堤防を築き,中を囲い込んで水田とした。周囲数十里に及ぶ大規模なものが多く,圩田(うでん)・湖田も構造上は同じである。堤防の上下に水門を設け,灌漑と排水を自由に調節できたので,水害にも日照りにも強く,江南デルタ地帯の米生産の飛躍的増大をもたらし,〈蘇湖(州)熟すれば天下足る〉の諺を生んだ。この背景には,もとより水門や堤防構築など,農業土木技術の発展がある。

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大辞林 第三版の解説

いでん【囲田】

中国、宋代に湖や沼などを囲んで干拓し、農耕を行なった田土の呼称。長江下流を中心に官戸・寺院などによって主に構築され、荘園を形成した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

囲田
いでん

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世界大百科事典内の囲田の言及

【灌漑】より

…この地方はほとんど海面と同じ高さのうえ,長江の増水や,南の天目山山系からの流水で,定期的に溢水状態となる。そのため隋・唐時代まではだいたい低湿地をすて,丘陵の中腹などの小高い所を耕地として,陂渠灌漑による水田耕作が行われていたが,宋代からこの地方の人口が急激に増加し,低湿地に隄防をきずいて土地を囲い込み,その中を排水,干拓して耕地化した(圩田,囲田,湖田などと呼ぶ)耕地が多くなった。この囲込みの結果,圩の外の従来の河川は運河(クリーク)と化し,ここから取水し,また排水した。…

【干拓】より

…彼らはこの地一帯に網の目のように流れる小河川に沿って堤防(圩(う))を築いて囲込みをし,その中を周辺から漸次耕地化していった。これがいわゆる囲田,圩田,湖田と呼ばれる干拓田である。圩田の排水,灌漑は堤防中の閘(こう)(水門)によるが,水位の関係上,竜骨車,水車なども用いられた。…

【地主】より

…農村社会の一般地主とそれを母体として生まれた官僚地主との共存,競合,矛盾は,その後も中国の地主の固有の特徴として再生産される。ところで当時の地主所有地は,稲作が飛躍的に発展した江南の場合について見ると,低湿地を堤防で囲いこんで圩田(うでん)あるいは囲田(いでん)といわれる水田を造成し,それを所有する地主,この堤防に自己の家屋,倉庫,佃戸の住居,堤防の間のクリークに沿って物資を運搬する船を備置しており,この一角は荘と呼ばれていた。この範囲をこえておびただしい土地を集積し,現地から離れて住む地主は,それぞれの荘に監荘(かんそう),幹人(かんじん)と呼ばれる管理人を配置し,小作料の徴収と国家への租税納入にあたらせた。…

※「囲田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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