改訂新版 世界大百科事典 「国引き神話」の意味・わかりやすい解説
国引き神話 (くにびきしんわ)
《出雲国風土記》(《風土記》)に見える〈意宇(おう)〉という地名の起源伝説。巨人の神が他の国土を引き寄せて国作りしたとの内容からこの名がある。八束水臣津野(やつかみずおみつの)命なる神が〈八雲立つ出雲の国〉はまだ狭く稚い国だ,この小さな最初の国土を作り縫おうといって,新羅の三埼(みさき),北門(きたど)の佐伎(さき)の国,北門の農波(ぬなみ)の国,越(こし)の都々(つつ)の三埼の諸方より,それぞれの土地に綱をかけて引き寄せ出雲の国に結びつけたと語られている。国引きの有様は〈童女(おとめ)の胸鉏(むなすき)取らして 大魚(おうお)のきだ(えら)衝(つ)き別けて はたすすき穂振り別けて 三身(みつみ)の(3本よりの)綱うち挂(か)けて 霜黒葛(しもつづら)くるやくるやに 河船のもそろもそろに 国来(くにこ)国来と引き来縫へる国は……〉との律文でのべられ,かくして出雲の国に縫い合わされたのが杵築(きづき)の御埼,美保の御埼などであるという。また国を引いた綱は薗(その)の長浜,夜見(よみ)の島となり,綱をかけたくいは佐比売(さひめ)山(三瓶山),火神(ひのかみ)岳(大山)となったとある。全編百数十句から成り,朝鮮半島から北陸地方までを視野におさめた気宇の大きさ,緊密で整然とした構成,力感にみちた表現は,日本古代文学中の一傑作と評価される。原初の国作りが祖神のこうした国引きによって成ったとする伝承の型は,なお〈祈年祭祝詞(としごいまつりののりと)〉(《延喜式》)の〈狭(さ)き国は広く 峻(さが)しき国は平けく 遠き国は八十綱(やそつな)うち掛けて引き寄する事の如く〉の文言や《万葉集》東歌に痕跡がある。《出雲国風土記》の国引き詞章は,その型が,出雲の地方王権の権威を示す創成神話として展開し,充実を遂げた希有の例である。
執筆者:阪下 圭八
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報