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土御門泰福 つちみかど やすとみ

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美術人名辞典の解説

土御門泰福

江戸中期の公卿。泰広の子。野宮定縁一条兼輝と共に山崎闇斎に就いて垂加神道を学んだ。従二位蔵人に至る。享保2年(1717)歿、63才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土御門泰福 つちみかど-やすとみ

1655-1717 江戸時代前期-中期の陰陽師(おんようじ),神道家。
明暦元年6月20日生まれ。土御門泰重(やすしげ)の孫。土御門泰広の子(一説に土御門隆俊の子)。陰陽頭(かみ)。山崎闇斎(あんさい)に垂加(すいか)神道をまなび,家伝の陰陽道にとりいれて土御門神道を確立した。弟子に渋川春海(はるみ)。享保(きょうほう)2年6月17日死去。63歳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

土御門泰福
つちみかどやすとみ
(1655―1717)

江戸前期の陰陽(おんみょう)家。安倍晴明(あべのせいめい)の裔(えい)。1680年(延宝8)兵部少輔(ひょうぶのしょう)、1682年(天和2)陰陽頭(かみ)を歴任、翌年5月綸旨(りんじ)をもって日本諸州陰陽生総管となる。一方、1684年(貞享1)渋川春海が上表して改暦を請うや、春海と京都梅小路の天文台で実測に従事し、同年10月上奏して「貞享暦(じょうきょうれき)」と名を賜る。陰陽道に山崎闇斎(あんさい)の垂加神道(すいかしんとう)を取り入れて土御門神道(安倍神道または天社神道ともいう)を樹立した。63歳で没。墓碑は京都市左京区真如(しんにょ)堂に現存する。[渡辺敏夫]

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世界大百科事典内の土御門泰福の言及

【陰陽師】より

…江戸初期,土御門(安倍)家が復興されたとき,摂津,河内,若狭方面の同家従者たちは歴代組を結成し,その中に総目付役,横目付役,能頭,組頭,小頭等の序列をつくり,朝廷の陰陽道祭である天曹地府祭に具官として奉仕した。1683年(天和3)土御門泰福のとき,同家には全国の陰陽師を統轄して免許を与える権限が朝廷より与えられ,造暦のことも同家の支配下に入った。【村山 修一】。…

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