朝日日本歴史人物事典 「土肥霞洲」の解説
土肥霞洲
生年:元禄6(1693)
江戸中期の漢学者。江戸の人。名は元成,字は允仲,通称は源四郎,伝右衛門,号は霞洲,新川。黙翁の子。新井白石に学んだ。10歳のとき,甲府宰相徳川綱豊(のちの6代将軍徳川家宣)に仕え,宝永1(1704)年家宣が将軍世子になったことにより,御家人となる。享保6(1721)年には,8代将軍徳川吉宗に進講,幕府の儒員となる。その後吉宗の子田安宗武に仕え,用人,番頭を歴任した。幼いころから白石に愛され,その著書の浄書をし,没後は遺著の校訂を行った。詩文にすぐれ,『霞洲詩集』や朝鮮通信使との唱酬をまとめた『桑韓唱和集』などの著書が残る。
(高橋昌彦)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報