本来は土砂運搬のための車で,現在でも〈キグルマ〉〈ネコグルマ〉などとも呼ぶ木製の車を用いる所もある。古く明恵の講義の聞書《華厳信種義聞集記(けごんしんしゆぎもんじゆうき)》に〈車ニ多種アリ〉として〈下品ハザウヤクツチ車〉とみえており,室町期になると,能《土車》のほか御伽草子にこの語は散見され,幸若舞曲《静(しずか)》や《景清(かげきよ)》にうかがわれる〈さう車(雑車)〉も,この類であろうと考えられる。説経《をぐり》では餓鬼阿弥姿の小栗判官が土車にのせられて宿(しゆく)送りされることが長々と語られており,江戸の浄瑠璃《摂州合邦辻》でもこの車は重要な役割を果たしている。《病草紙》の一本や,《一遍聖絵(ひじりえ)》にもかかれているが,車が常民日常の具となる以前,車上の乞丐人(こつがいにん)や異形なるものに対して神聖視する風のあったことが考えられる。これをひいたり押したりすることで,結縁(けちえん)の意識も持ちえたろう。能《車僧》の飛ぶ車も,《深山和尚行状記》にうかがわれる〈破車〉,《夢中問答集》にみられる〈破レグルマ〉も,同様土車の類であろう。
執筆者:徳江 元正
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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