(1)人形浄瑠璃。時代物。2巻。通称《合邦》。菅専助,若竹笛躬(ふえみ)作。1773年(安永2)2月大坂北堀江市の側芝居初演。河内の大名高安家のお家騒動の際,後妻の玉手御前がわが身を犠牲にして世嗣の俊徳丸に家督を継がせ,継母としての義理を果たしたという経緯を描いた作品。盲目の俊徳丸を主人公とする謡曲《弱法師(よろぼし)》や説経節《信徳丸》の系譜を受けて作られた《莠伶人吾妻雛形(ふたばれいじんあづまのひながた)》(1733年7月大坂豊竹座)を直接の先蹤とし,それに説経節《愛護若(あいごのわか)》系の継母の恋という構想をも絡めて筋立てを展開させたもの。上の巻--悪人たちによる俊徳丸殺害の陰謀を知った玉手御前は,住吉参詣のおり,神酒にかこつけて俊徳丸と盃を交わし,みずからの恋の思いを打ち明けるが,その盃には毒酒がはいっていた。そのため癩病となった俊徳丸は継母の不義の恋慕を悲しんでひとり館を立ち去るが,続いて玉手もその跡を追う。下の巻--天王寺西門で閻魔堂建立の勧進をしていた玉手の父親合邦は,落ちぶれ果てた盲目の俊徳丸やその許嫁浅香姫らに出会い,自分の家に伴った。ある晩,合邦夫婦が,不義を働いた娘はもはや殺されたものと諦めて供養をしているところへ,俊徳丸を慕って玉手が夜道を訪ねてくる。そして,人々の諫めをも聞き入れず俊徳丸に激しく言い寄るので,怒った合邦はついに刀で娘を刺し通した。しかるにそのとき,玉手は苦しい息の下から,これまでのことはすべて自分が義理ある継子の身を守るためにたくらんだ計略であり,彼の業病も寅の年月日刻の揃った自分の生血によって本復するという意外な事実を打ち明ける。一方,初めてその真相を知って心を打たれた人々は念仏を手向けて彼女の成仏を祈願した。眼目とされる場面は下の巻の切の〈合邦庵室〉の段で,特に玉手が演ずる嫉妬の狂乱ぶりには,偽りの恋という作意を超えて,彼女の暗く激しい情念の噴出が鮮やかに捉えられている。またほかにも,説経物らしい古風な奥深さを感じさせる要因が多い。初演の2世豊竹此太夫の曲風が伝えられている。(2)歌舞伎狂言。時代物。本作が歌舞伎化されたのは幕末になってからのことらしい。主として〈合邦庵室〉の一幕が上演され,明治の2世坂東秀調以降,玉手の役は女方にとっての試金石とされてきた。今日では,もっぱら5世中村歌右衛門と6世尾上菊五郎との二つの型が行われている。
執筆者:原 道生
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浄瑠璃義太夫(じょうるりぎだゆう)節。時代物。二段。通称「合邦」。菅(すが)専助・若竹笛躬(ふえみ)合作。1773年(安永2)2月大坂・北堀江市ノ側芝居初演。謡曲『弱法師(よろぼし)』、説経節『信徳丸(しんとくまる)』に描かれた盲目の弱法師の話、説経節『愛護若(あいごのわか)』に扱われた継母の恋の話などに基づき、直接には並木宗輔(そうすけ)・並木丈輔合作の浄瑠璃『莠伶人吾妻雛形(ふたばれいじんあづまのひながた)』(1733)の影響を受けた作。河内(かわち)国主高安左衛門には先妻の子俊徳丸と妾腹(しょうふく)の子次郎丸がいて、次郎丸は壺井(つぼい)平馬と共謀、俊徳丸を殺して家督を奪おうとたくらむ。合邦道心の娘お辻は左衛門の後妻になり玉手(たまて)御前とよばれていたが、俊徳に恋をしかけ毒酒を飲ませて病にする。盲目となった俊徳は家を逃れて許嫁(いいなずけ)の浅香姫とともに、天王寺西門の合邦の庵室(あんじつ)にかくまわれる。玉手は俊徳を追ってきて執拗(しつよう)に言い寄るので、怒った合邦は娘を刺す。玉手は、不倫の恋も毒酒を飲ませたのも、俊徳を次郎丸の手から守るための苦肉の手段だったと本心を明かし、寅(とら)の年月日刻そろった誕生の自分の生き血によって難病を治し、満足して死ぬ。計略のためという設定ながら、継母の恋の情念を妖(あや)しく描いた異色作で、下の巻「合邦庵室」は義太夫としても有数の名曲。幕末から歌舞伎(かぶき)にも移され、時代を代表する女方(おんながた)が玉手を次々に演じ、優れた演出を現代に伝えている。
[松井俊諭]
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…曲亭馬琴作の読本《青砥藤綱模稜案(もりようあん)》(1811‐12刊)は,藤綱の名を借り,和漢の公事訴訟譚を基礎に推理小説風の展開で作品化,これには大岡裁きに共通する説話をも含む。歌舞伎では1852年(嘉永5)7月江戸市村座初演《名誉仁政録》(3世桜田治助作)や,前記《模稜案》の脚色作である1846年(弘化3)7月市村座初演《青砥稿(ぞうし)》(3世桜田治助作),また62年(文久2)3月市村座初演《青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)》(河竹黙阿弥作)などに登場,ある場合には大岡越前守の名をはばかって藤綱とすることもあったが,いずれにせよ事件の善悪理非を判断する〈さばき役〉として大団円に登場,また浄瑠璃《摂州合邦辻(せつしゆうがつポうがつじ)》(1773初演)の合邦が藤綱の子として描かれるなど,藤綱は庶民の守護神的性格を具備した為政者として理想化された。【小池 章太郎】。…
…人形浄瑠璃《摂州合邦辻(せつしゆうがつぽうがつじ)》の主人公。河内の国主の後妻で,嫡子俊徳丸に恋慕し,かなわぬと毒酒をすすめて癩病にしてしまった玉手御前は,不義を怒った父に刺されて死ぬ間際に,実は妾腹の兄の陰謀から俊徳丸を守るための策であったことを語り,みずからの生血を飲ませて俊徳丸の病をなおす。…
…聞きどころのクセが美しい。人形浄瑠璃《摂州合邦辻(せつしゆうがつぽうがつじ)》等の原拠。【横道 万里雄】。…
※「摂州合邦辻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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