城多虎雄(読み)きた とらお

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「城多虎雄」の解説

城多虎雄 きた-とらお

1856-1887 明治時代の新聞人。
安政3年4月生まれ。城多董(ただす)の養子。明治15年以後「朝野新聞」「京都滋賀新報」(のち「中外電報」と改題)などの主筆として社説執筆。滋賀県会議員,議長もつとめた。マルクスの「共産党宣言」を紹介した。明治20年2月20日死去。32歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。東京大学中退。旧姓小津

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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