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墨俣川の戦 すのまたがわのたたかい

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百科事典マイペディアの解説

墨俣川の戦【すのまたがわのたたかい】

美濃(みの)国墨俣付近で行われた数々の戦い。墨俣は古代には東海道東山(とうさん)道を結ぶ美濃路が通じ,16世紀末まで木曾・長良(ながら)・揖斐(いび)の三川が合流し,美濃と尾張(おわり)の国境で,軍事上の要衝地であったため,たびたび東西勢力がぶつかる戦場となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

すのまたがわのたたかい【墨俣川の戦】

美濃国墨俣で行われた戦い。墨俣川は現在長良(ながら)川の別称にすぎないが,かつては木曾,長良,揖斐(いび)の3川その他の中小河川が美濃国安八(あんぱち)郡墨俣(洲股)で合流して大河となり,濃尾国境をなしていた。ためにこの付近は軍事上の要衝として,たびたび東西両勢力が接触する戦場となった。1181年(養和1)3月,源行家,頼朝の弟義円(ぎえん)が率いる尾張,三河の軍勢と平重衡以下の平氏軍とが,この川を挟んで東西に対陣したが,平氏の先制夜襲により源氏軍は惨敗を喫し,平氏方に久方ぶりの勝利をもたらすとともに,以後しばらくの間,東海道方面の戦線は膠着状態に陥った。

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