百科事典マイペディア 「源平争乱」の意味・わかりやすい解説
源平争乱【げんぺいそうらん】
→関連項目荒川荘|鎌倉幕府|愚昧記|墨俣川の戦|田仲荘|門司関|渡辺津
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源平合戦,治承・寿永の内乱とも。1180年(治承4)以仁王(もちひとおう)・源頼政の挙兵から,89年(文治5)源頼朝による奥州合戦にいたる全国的内乱。平氏一門の独裁を打倒するため全国に挙兵した武士勢力はしだいに頼朝のもとに統一され,85年平氏は滅亡。89年の奥州藤原氏滅亡により,頼朝は全国を平定。この動乱のなかから最初の武家政権の鎌倉幕府が成立した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
1 カキノキ科の落葉高木。また、その実。山地に自生するが、古くから栽培される。よく分枝し、葉は短楕円形で先がとがり、光沢がある。秋に紅葉する。初夏に白い雌花と雄花とが咲き、秋に黄赤色の実を結ぶ。実には...