夢の遊眠社(読み)ゆめのゆうみんしゃ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

夢の遊眠社
ゆめのゆうみんしゃ

劇団名。東京大学演劇研究会を母体とし,1976年4月野田秀樹,高萩宏を中心に結成。同年5月東大駒場キャンパス内の駒場小劇場において,野田作『咲かぬ咲かんの桜吹雪は咲き行くほどに咲き立ちて明け暮れないの物語』で旗揚げ。個人のアイデンティティーを疑いつつそれと戯れる,言葉遊びを駆使した芝居づくりで同世代の支持を得た。 81年,「少年」に神話性を求める『少年狩り』で紀伊国屋ホールに進出,1980年代の若者文化を象徴する舞台として知られる。 87年エディンバラ演劇祭,翌年ニューヨーク国際芸術祭に参加。人気の絶頂にあって,92年 10月シアターアプルでの『ゼンダ城の虜』を最後に解散した。

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デジタル大辞泉プラスの解説

夢の遊眠社

日本の劇団。劇作家・演出家の野田秀樹が東京大学在学中の1976年4月に同大学の演劇研究会メンバーらと結成。旗揚げ公演は野田作の「咲かぬ盛んの桜吹雪は咲きゆく程に先立ちて明け暮れないの物語」。以後、駒場小劇場を拠点としながら「走れメルス」「怪盗乱魔」「少年狩り」などの野田作品を次々に上演。独特の台詞回しと疾走感溢れる演出が話題となりブレイク。1981年には「少年狩り」の再演で紀伊國屋ホールに進出する。1983年の「野獣降臨(のけものきたりて)」は岸田戯曲賞を受賞。1986年、ワーグナーの「ニーベルングの指環」を下敷きとする“石舞台星七変化(ストーンヘンジ)3部作”の一挙上演時には、国立代々木競技場第一体育館で公演を行うなど、小劇場の枠組みを超える劇団へと成長。1980年代の小劇場ブームを牽引した。人気絶頂期の1992年、「ゼンダ城の虜」のシアターアプルでの公演を最後に解散。所属俳優に、上杉祥三円城寺あや、段田安則、佐戸井けん太、退団後に劇団「綺畸」を立ち上げた如月小春らがいる。その他の代表作に「小指の思い出」「半神」「贋作・桜の森の満開の下」など。主宰の野田は、劇団解散後、文化庁芸術家在外研修制度の留学生としてロンドンに留学。帰国後、プロデュース公演スタイルの演劇制作会社「NODA・MAP(野田地図)」を立ち上げた。

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