大光明寺(読み)だいこうみようじ

日本歴史地名大系 「大光明寺」の解説

大光明寺
だいこうみようじ

相国寺の塔頭本尊普賢菩薩。梵王山大光明禅寺という。持明院統の仙洞があった伏見ふしみ殿(現京都市伏見区)の傍らに文和年中(一三五二―五六)広義門院(後伏見上皇女御寧子)建立(智覚普明国師語録)開基は仏統という(坊目誌)伏見殿を継承した伏見宮家の菩提寺。広義門院所生の光厳・光明両上皇と崇光上皇(光厳院皇子)が南朝の根拠地に連去られていた間(文和元年移され、光明上皇は文和四年に、光厳・崇光両上皇は延文二年に帰京)に、三上皇への加護を祈って建立されたものであろうか。帰京後、崇光上皇が「住荒サセ給ヒシ伏見殿ニ移ラセ給ヒテ御座」された(「太平記」巻三三)。光厳院は貞治二年(一三六三)四月八日広義門院の七回忌を前に崇光院に対し、伏見御領を大光明寺塔頭に付して他の長講ちようこう(現京都市下京区)領など持明院統の惣領とは別に崇光院子孫が伝領するよう置文している(「光厳院置文写」宮内庁書陵部所蔵光厳院御文類)。同年七月には春屋妙葩(智覚普明国師)に当寺入住を請い、広義門院七回忌法要を営んだ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の大光明寺の言及

【伏見】より

…後白河院没後,宣陽門院に伝領された伏見荘は,さらに持明院統へ伝えられていった。文和年間(1352‐56)広義門院寧子が,大光明寺を建立した。この寺に光厳,光明,崇光の3天皇が入寺している。…

※「大光明寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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