大学教員準備プログラム(読み)だいがくきょういんじゅんびプログラム

大学事典 「大学教員準備プログラム」の解説

大学教員準備プログラム
だいがくきょういんじゅんびプログラム

[大学教員養成・認証へのアプローチ

大学教員準備プログラム(PFFP)とは,主として博士課程に在籍する大学院生ポスドク(ポストドクター)に対する大学教員養成のための教育プログラムを意味し,その名称PFFPはおもにアメリカ合衆国で用いられる。国内においては2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて(中教審答申)」において「教育研究上の目的に応じて,大学院における大学教員養成機能(プレFD)強化を図る」と提言されたように,同様の意味で「プレFD」という言葉も併用される。

 国外における大学教員養成には,大きく分けて二つのアプローチが見られる。一つはイギリスの大学教員養成のアプローチで(オランダやスウェーデン,オーストラリアなども類似のプログラムを持つ),ティーチング・アシスタント(Teaching Assistant,以下TA)に「高等教育における教授および学習支援のための専門性基準枠組み(イギリス)」(the UK Professional Standards Framework for teaching and supporting learning in Higher Education)で認証されたプログラムを受講させることにより,専門職能認定を行うとともに,養成を図る方法である。TAはレベル1(Associate Fellowレベル)のプログラムを修了することによって,高等教育アカデミー(イギリス)(Higher Education Academy)の準会員登録資格が授与される(加藤,2012)

 もう一つはアメリカの大学教員養成合衆国のアプローチで,各大学で行われるTA業務を円滑に遂行するための研修プログラム(TA研修)(アメリカ)を,将来大学教員になることを目指す大学院生を支援する仕組みとして発展させる方法である。その端緒となったのが,1993年に大学院協議会(Council of Graduate Schools)とアメリカカレッジ・大学協会(Association of American Colleges and Universities)が,ビュー・チャリタブル・トラスト全米科学財団等からの財政支援を受け,TA研修(アメリカ)の上位プログラムとして開発した大学教員準備プログラムである。同プログラムは1993年から2001年まで実施され,44の博士号授与大学である研究大学と339の総合大学や教養カレッジ等のパートナー大学(アメリカ)が合計76のクラスター(大学連合体)と呼ばれる大学連合体を形成した。研究大学の参加学生がパートナー大学に出向き,パートナー大学の複数のメンターの指導のもと,実際に授業を担当したり,教授会,委員会等に参加したりすることなどを通して,大学教員の仕事の詳細を実践的に学ぶという方式で運用された(吉良,2008)。全米レベルのプログラムは,2002年に財政支援が終了したことで解消したが,その後は規模を縮小しながらも各大学やクラスターごとに独自の予算と内容で継続しているところが数多く見られる。

 アメリカにおけるアプローチの背景には,TAの独自の位置づけがある。アメリカにおいてTAは,理工系と人文系あるいはその経験や能力,職階によって異なるが,討論復習実験の指導に加え,多くの場合,授業を担当しレポートや試験の採点,あるいはオフィスアワーの開設等に当たることが許される。とくに最高の職階にあるTAは,教育内容を自分で決めて授業を担当し,テキストの選択や採点を行い,その職歴を授業担当講師として換算される。このようにアメリカの大学教員準備プログラムは,イギリスのような専門性基準枠組みに基づいたものではないが,TA研修を基盤として教育実習(アメリカ)を含む幅広いプログラムを包含するとともに,そのプログラムの規模や内容については各大学に幅広い裁量が認められている点が特徴である。

[日本における大学教員準備プログラム]

日本の大学におけるTA業務の特徴は,教育補助業務に限定され,独立して授業を担当することが認められていない点にある。したがって将来大学教員になるための授業経験が蓄積されず,また職階も存在しないことから業務内容が一律となる問題点を含んでいる。日本の大学におけるTA制度化を決定づけた1991年の大学審議会答申「大学院の整備充実について」では,大学院生に対する経済的支援の側面が強調され,補助業務にしか従事できないTA像が定着した。その原因として,アメリカのように授業内外の業務に従事するための潤沢なTA予算が確保できなかった点や,授業を担当できない助手(日本)職との組織的な整合性の問題,さらには授業を担当するのに必要な研修をする機会や制度を持たないことによる授業担当資格の問題が挙げられるという(近田,2007)

 しかし,国内においては国立大学の法人化やいくつかの中央教育審議会答申などを経て,徐々にではあるが大学教員準備プログラムが取り組み始められた。北海道大学では1998年からTA研修を実施し,各種の資料やハンドブックを作成・刊行しているほか,2009年度より「大学院生のための大学教員養成講座」を開講し,2011年度には大学院共通講義として70科目以上を正規科目化している。その内容は「情報学教育特論」や「大学院生のための研究アウトリーチ法」「教育力養成講座」など多岐にわたり,「教育力養成講座」ではシラバスの書き方や参加型授業の方法,クリッカー,板書法やパワーポイントの使い方,模擬授業など通常のFD(ファカルティ・ディベロップメント)研修と同様の内容を含んでいる。さらに2010年度からはGSI(Graduate Student Instructor)制度が創設され,理学院物理部門でGSIが7科目のグループ討議中心の演習を担当するまでに至った。

 他大学においても東北大学,筑波大学,東京大学,一橋大学,名古屋大学,京都大学,広島大学などの研究大学や立命館大学などの大規模私立大学において大学教員準備プログラムの開発・実施が相次いでいる。しかし,依然TAに支給される給与の額の少なさ,単独で授業を担当することに対する教員側の抵抗,将来の大学教員まで見越した系統的な養成システムの不足などは十分に解消されていないのが現状である。
著者: 沖裕貴

参考文献: 加藤かおり「英国における大学教育のプロフェッショナル化」『名古屋高等教育研究』第12号,2012.

参考文献: 吉良直「アメリカの大学におけるTA養成制度と大学教育準備プログラムの現状と課題」『名古屋高等教育研究』第8号,2008.

参考文献: 吉良直・北野秋男「アメリカの若手教育者・研究者養成制度に関する研究」『京都大学高等教育研究』第14号,2008.

参考文献: 近田政博「研究大学の院生を対象とする大学教授法研修のあり方」『名古屋高等教育研究』第7号,2007.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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