日本歴史地名大系 「大宮城跡」の解説
大宮城跡
おおみやじようあと
富士山本宮浅間大社の東北東の
永禄四年(一五六一)八月二五日の今川氏真朱印状(井出文書)によれば、前年の桶狭間合戦における父義元の敗死以来、領国内に動揺を抱えていた氏真は、甲斐の武田氏、相模の北条氏の駿河侵攻に備えて、大宮城と
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
富士山本宮浅間大社の東北東の
永禄四年(一五六一)八月二五日の今川氏真朱印状(井出文書)によれば、前年の桶狭間合戦における父義元の敗死以来、領国内に動揺を抱えていた氏真は、甲斐の武田氏、相模の北条氏の駿河侵攻に備えて、大宮城と
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