大江賢次(読み)オオエ ケンジ

20世紀日本人名事典 「大江賢次」の解説

大江 賢次
オオエ ケンジ

昭和期の小説家



生年
明治38(1905)年9月20日

没年
昭和62(1987)年2月1日

出生地
鳥取県日野郡溝口町

学歴〔年〕
溝口小学校〔大正7年〕卒

経歴
小作農の家に生まれ、小卒後、農事の暇に炭ガマ作り、トンネル工事などに従事、傍ら好きな文章修業を続ける。21歳で実業之日本社に入社するが両親を失い郷里にもどり、23歳で再び上京、新しき村に共鳴武者小路実篤書生に。「三田文学」に創作を発表する一方、片岡鉄兵物心両面援助を受け、その影響プロレタリア文学に近づく。出世作は昭和5年、雑誌「改造」懸賞小説で2位に入選した「シベリア」。ほかに「絶唱」、自伝「アゴ伝」「望郷」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大江賢次」の解説

大江賢次 おおえ-けんじ

1905-1987 昭和時代の小説家。
明治38年9月20日生まれ。武者小路実篤(さねあつ)の「新しき村」に共鳴,のち片岡鉄兵の影響でプロレタリア文学をめざす。昭和5年「改造」の懸賞小説2席となった「シベリヤ」が出世作。戦後作品砂川事件を取材した「群衆」や自伝「アゴ伝」がある。昭和62年2月1日死去。81歳。鳥取県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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