女だけの都(読み)オンナダケノミヤコ(英語表記)La kermesse héroique

デジタル大辞泉 「女だけの都」の意味・読み・例文・類語

おんなだけのみやこ〔をんなだけのみやこ〕【女だけの都】

《〈フランスLa Kermesse héroïque》フランスの映画。1935年作。監督はベルギー出身のフェデー。17世紀のフランドル地方を舞台に、町に突然現れたスペイン軍を、女たちの機転で平和裏にやり過ごすさまをコミカルに描く。

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改訂新版 世界大百科事典 「女だけの都」の意味・わかりやすい解説

女だけの都 (おんなだけのみやこ)
La kermesse héroique

フランス映画。1935年製作。ジャック・フェデル監督の《外人部隊》(1934),《ミモザ館》(1935)に続く作品。17世紀オランダの小都市に侵略者スペインの軍隊が宿営した一夜できごとを,象徴的・風刺的に描き,フランドル派絵画を参考にしたラザール・メールソン(1900-38)の設計によるセットとあいまって,歴史映画の一つの典型をつくり上げている。ナチの侵入後ゲッベルスによって上映を禁止され,フェデルはスイスへの亡命を余儀なくされたが,フランスのシネマ大賞をはじめ各国で多くの賞を受賞した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「女だけの都」の意味・わかりやすい解説

女だけの都
おんなだけのみやこ
La Kermesse héroïque

フランス映画。1935年作品。37年(昭和12)日本公開。監督ジャック・フェデー、原作シャルル・スパーク、脚本フェデー、ベルナール・ジンメル、美術ラザール・メールソン。1616年、小国フランドル(現在ベルギー)の小都市ボームに、当時最強のスペイン軍が侵入してきた。市長以下男どもはなすすべを知らない。しかし市長夫人(フランソアーズ・ロゼー)が音頭をとり、女たちだけで適当に侵入軍をあしらい、無事に兵隊を通過させたという歴史喜劇である。全編にまかれた皮肉、風刺、機知の豊かさ、フランドル派の絵画を思わせる堂々たる造形美、まさに芳醇(ほうじゅん)なシャンパンのような芸術的芳香が漂う佳品であり、フェデーとしても一世一代の作品である。映画史のうえからは、トーキー初期の表現技術がいちおうの完成をみせた成果がこの映画に凝結し、映画による芸術活動がここに始まったといえる、1930年代最高の記念碑的作品である。

飯島 正]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「女だけの都」の意味・わかりやすい解説

女だけの都
おんなだけのみやこ
La Kermesse Héroïque

フランス映画。トビス 1935年作品。監督ジャック・フェデー。脚本シャルル・スパーク,ベルナール・ジンメル。 1616年のフランドル,ボーム市は祭りの日の準備中であった。そこへスペイン兵の部隊が到着するという知らせが入った。市長 (アンドレ・アレルム) は無策だが,市長夫人 (フランソアーズ・ロゼー) の計略で女性だけで兵隊たちをもてなし,無事に軍隊を通過させる。フランドル派の絵画美とフランス的な喜劇味にあふれた作品。

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百科事典マイペディア 「女だけの都」の意味・わかりやすい解説

女だけの都【おんなだけのみやこ】

フランス映画。1935年作。監督J.フェデル,主演F.ロゼー,L.ジュベ。17世紀フランドルの小都市で,侵略者スペイン軍が宿営した一夜のできごとを,風刺的に描く。フランドル派の絵画を参照した構図とあいまって戦前フランス映画の傑作となっている。
→関連項目ロゼー

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世界大百科事典(旧版)内の女だけの都の言及

【映画美術】より

…〈プロダクション・デザイナー〉の呼称はメンジーズに始まる。これに対して,フランドル派の絵画をスクリーンに再現して,歴史映画におけるリアリズムの基礎を築いたとされる《女だけの都》(1935)のジャック・フェデル監督や,パリの下町の風景をそっくりオープンセットに再現して,〈巴里〉のイメージを決定的にした《巴里の屋根の下》(1930),《巴里祭》(1932)のルネ・クレール監督に協力して,複雑なカメラワークや微妙な照明を画面に生かしうる装置を設計したメールソンLazare Meerson(1900‐38)は後者を代表し,美術監督の地位の向上に貢献した。メールソンの弟子のトローネルAlexandre Trauner(1906‐93)の仕事は《天井桟敷の人々》(1944)を代表とするマルセル・カルネ=ジャック・プレベール作品に結実し,〈詩的レアリスム〉の名のもとにフランス映画の黄金時代を築くとともに,大戦後はハリウッドにも招かれ,ビリー・ワイルダー監督作品(《アパートの鍵貸します》(1960),パリの中央市場を再現した《あなただけ今晩は》(1963),等々)などを介して,アメリカ映画における美術監督の概念を変容せしめた。…

【フェデル】より

…その後,アルプス山ろくの寒村を背景に少年と継母の心理的交渉を描いた《雪崩》(1923),写真屋に飾られた写真の女をもとめてさまようというジュール・ロマンのオリジナルシナリオによる〈ユナニミスム文学〉のロマンティックな映画化《面影》(1924),エミール・ゾラ原作の《テレーズ・ラカン》(1928)などをつくり,28年にはフランス国籍をとったが,ロベール・ド・フレールとフランシス・ド・クロアッセの喜劇をもとにした風刺映画《成上りの紳士たち》(1928)が議会と閣僚の威厳を非難するものとして公開禁止になり(1929年になって解除された),失意のうちにハリウッドへ渡り,グレタ・ガルボの最後のサイレント映画《接吻》(1929)を撮るとともに,ガルボ映画《アンナ・クリティ》のドイツ語版(1930)などをつくるが,ハリウッドになじめず31年に帰国した。 同じベルギー出身の脚本家シャルル・スパーク(1903‐75)との共同脚本と夫人のロゼー主演の《外人部隊》(1934),《ミモザ館》《女だけの都》(1935)は1930年代フランス映画の代表作であるにとどまらず,世界映画史を飾る作品に数えられているが,《女だけの都》はナチの侵入後ゲッベルスによって公開を禁止され,フェデルは戦争の間スイスへ避難することを余儀なくされた。そのほか,アレクサンダー・コルダに招かれてイギリスでマルレーネ・ディートリヒ主演の《鎧なき騎士》(1937),ドイツで《旅する人々》(1938)などを撮っている。…

※「女だけの都」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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