妙解寺跡(読み)みようげじあと

日本歴史地名大系 「妙解寺跡」の解説

妙解寺跡
みようげじあと

[現在地名]熊本市横手二丁目

東は旧井芹(いせり)川と坪井(つぼい)川が形成する三角洲、北は安国(あんこく)寺に接し、西と南は花岡(はなおか)山の丘陵の裾野に続く。この地域は花岡山の北側の小丘陵地のため、北岡(きたおか)とよばれた。護国山と号し、臨済宗、細川家の菩提寺であったが、明治の廃仏毀釈により廃寺となり、その後細川家別邸とされたが、昭和二〇年(一九四五)の空襲で焼失した。現在は北岡自然公園となっている。「国誌」によれば、熊本藩初代藩主細川忠利の冥福を祈るため、二代藩主光尚が寛永一九年(一六四二)建立した。開山に沢庵を請うたが、沢庵は代って啓室を住職として下向させた。そのため沢庵を開祖とし、二世を啓室とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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