日本大百科全書(ニッポニカ) 「嫁荷」の意味・わかりやすい解説
嫁荷
よめに
嫁入りの際に嫁が婚家方へ持参する財貨類をいう。日本に限らず、世界各地において、婚姻は単に結婚する男性または女性の移動を意味するだけでなく、多くの財貨の移動を伴う場合が多々ある。その代表的なものは、夫方から花嫁の実家側に支払われる婚資であり、日本では結納(ゆいのう)がこれにあたる。これに対し、嫁ぐ新婦の側から新郎の側へと譲渡される財貨もあり、たとえば中国では花嫁の嫁入り道具として衣類や家具類が婚礼に先だって男家側へ運ばれ、またそのほかに田地や金銭を持参金として持って行く場合もあった。
日本でも、嫁入りに際して、嫁の衣類、調度類が人足に担がれ、行列をつくって婚家へ運び込まれる風習は、近世以後、明治、大正期に至るまで華やかに行われた。その際に歌われた長持歌などが、今日なお各地で歌い継がれている。嫁荷を婚家へ届ける人足は、すべて嫁の実家側が手配する場合と、途中まで実家側が運び、途中から婚家側が引き継ぐ場合がある。たとえば広島県府中(ふちゅう)市上下(じょうげ)町では、嫁荷は婚礼の1週間ほど前、婚家と実家の中間点まで嫁方の近親者が運び、ここで婿方の親族と落ち合って酒を酌み交わしたのち、荷物を引き渡した。また、地方によっては、結婚後も嫁の衣装類などを実家に残し、婚家の姑(しゅうとめ)が亡くなったり隠居したりして嫁が文字どおり一家の主婦となったのちに初めて全部移される場合もあった。たとえば島根県八束(やつか)郡島根町(現松江市)では、かつて、「嫁の道具は嫁の子が結婚するころに運ぶもの」といわれ、嫁が40~50歳になってから移された。
嫁荷の元来の形は、嫁が婚入後の生活に必要な身の回り品と、安産祈願などの縁起物の品であったと考えられるが、行列を組んではでに運ばれるようになってからは、嫁の実家が内外にその威信を誇示する要素が強くなったものと考えられる。地方によっては、土地や生産用具など、より実質的な財産を持参する所もあり、たとえば伊豆大島の差木地(さしきじ)では、嫁に行く娘には山畑をすこしずつ分与し、その余裕がない人は牛を与えたという。
[瀬川昌久]