社寺の来歴を説いたものが縁起であるが、参詣(さんけい)人が神仏のおかげを被るために、社寺や社寺前の店にて求めるものを縁起物という。よく知られているものに東京・浅草の鷲(おおとり)神社の11月酉(とり)の日に行われる酉の市(いち)がある。このとき参詣者は熊手(くまで)、お多福面(たふくめん)などを縁起を祝って求める。とくに客商売の者で雑踏する。安芸(あき)(広島県)の宮島の杓子(しゃくし)も有名であるが、杓子を縁起物としている神社はほかにもかなりある。正月の初詣(はつもう)でにはいろいろの縁起物がみられる。鎌倉の鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)では矢を出し、大塔宮(だいとうのみや)では獅子頭(ししがしら)を出している。太宰府(だざいふ)天満宮では正月7日に鷽替(うそか)え神事を行っているが、社前の店では郷土玩具(がんぐ)として鷽を売っている。大阪市道修町(どしょうまち)には、俗に「神農さん」といわれる少彦名(すくなひこな)神社があるが、疫病除(よ)けとして笹(ささ)につけた張り子の虎(とら)を参詣人に分かっている。そのほか、奈良法華寺(ほっけじ)の御守り犬をはじめ、達磨(だるま)、招き猫、撫牛(なでうし)などが縁起物として用いられている。
[大藤時彦]
社寺や諸神諸仏の開基,由来,霊験などを記したものを縁起というところから,兆(きざし)の起こる由来も縁起といい,兆に対する俗信から縁起の良し悪しをいうようになり,良い縁起を得れば開運をもたらし,悪い縁起に遭えば不運の結果を招くとされた。そのため将来かならず幸運が招かれるという心意に基づいて,縁起の良い呪物が想像された。それが縁起物である。多くは神社や寺院から授けられ,正月初詣に授与される破魔矢(はまや)は,悪魔をはらい幸運を射止めるものであり,起上り小法師や達磨は,七転八起の故事から出世を約束される縁起物である。また正月2日の夜,社寺から授与された宝船の図を枕の下に入れて寝ると吉夢を見て,幸運を招来するという。この宝船にはよく近世の流行神(はやりがみ)の典型である七福神をのせているが,それは幸は海上の彼方からやってくるという海上他界の観念に基づくものである。11月酉(とり)の日,東京の鷲(おおとり)神社の酉の市で売られる熊手は,穀物をかき寄せるものであるが,穀霊を人間の霊魂と一体化して考え,霊(たま)をかき寄せ人間の再生をもたらし幸運を得る縁起物とされたのである。
執筆者:岩井 宏実
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