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嬉野茶 ウレシノチャ

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デジタル大辞泉の解説

うれしの‐ちゃ【×嬉野茶】

嬉野市で産する緑茶。葉の形が円く、中国の緑茶に似た風味がある。

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飲み物がわかる辞典の解説

うれしのちゃ【嬉野茶】


佐賀県嬉野市を主産地とする緑茶。中国式の釜いりによる製法で発祥し、現在もその製法が一部に残っている。玉緑茶の代表的な産地の一つであり、香りが強く、さわやかな風味で、中国の緑茶(リューチャー)に似る。◇15世紀半ば頃、中国から移住した陶工が茶樹の栽培法をもたらしたとされる。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

嬉野茶
うれしのちゃ

肥前(ひぜん)国(佐賀県)嬉野地方の特産物。当地の製茶は、15世紀中ごろ渡来した中国人陶工によって伝えられたというが、茶業の基礎が築かれるのは、17世紀中ごろ吉村新兵衛(しんべえ)が嬉野に移住して茶樹栽培を始めて以来のことという。幕末期には佐賀藩の長崎貿易における交易品として運用されたが、明治期になると、製茶法が釜炒(かまいり)法であるため、煎茶(せんちゃ)製法をとる宇治茶に圧倒され、その販路も肥前や長崎地域に限られていた。この状況は明治後期、大正期においても続き、茶業は停滞的であったが、昭和初年嬉野茶がロシア人の嗜好(しこう)にあうことから輸出されるようになり、これを契機に技術改革が行われ、はさみ摘みや製茶の機械化が進められて新たな段階に入った。販売機構も若干改善され、1933年(昭和8)には貫立(かんだて)取引が行われるようになった。第二次世界大戦後は機械製茶も進み、嬉野は九州における一大産地となった。[長野 暹]
『『嬉野吉田郷土誌』(1928・佐賀県嬉野郡教育会) ▽『嬉野町史』上下(1979・嬉野町)』

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世界大百科事典内の嬉野茶の言及

【嬉野[町]】より

…江戸時代に嬉野宿は,長崎街道で大村藩領から佐賀藩領に入る最初の宿場であったが,ここを通過したケンペルやシーボルトも当地の温泉について記している。盆地周辺の丘陵斜面には茶園が広がるが,この嬉野茶の歴史も古い。不動山皿屋谷の大茶樹は,国の天然記念物で,17世紀の茶祖吉村新兵衛の時代に播種(はしゆ)されたものといわれる。…

【緑茶】より

… 日本緑茶には,煎茶,玉露,挽茶(ひきちや),番茶,玉緑茶などの種類があり,玉緑茶以外はすべて蒸製である。玉緑茶は釜炒製で,佐賀県の嬉野(うれしの)茶,熊本・宮崎両県の青柳茶が有名である。いずれもまるく縮んだ勾玉(まがたま)状を呈し,上級品は香り・味ともにすぐれている。…

※「嬉野茶」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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