学位の種類(読み)がくいのしゅるい

大学事典 「学位の種類」の解説

学位の種類
がくいのしゅるい

[教育段階による違い]

学位の種類には,教育段階に応じてドクター博士,マスター=修士バチェラー学士などの違いがある。ドクター(doctor)は古代ローマでは教師を指し,マスター(magister)も,長や親方という意味から教師,校長尊師を指すのに用いられ,中世大学(ヨーロッパ)では両者ともに教師を指し,学位は「教授資格(ヨーロッパ)」であった。13世紀には,大学はローマ教皇によって「万国教授資格(ヨーロッパ)ius ubique docendi」を授与できる「ストゥディウム・ゲネラーレ(ヨーロッパ)studium generale」として認可されるようになった。中世大学では,教師を指すのにドクター,マスターのほか,プロフェッサー,ドミヌス,シニューレなども使われたが,どの言葉を使うかは地域や大学によって異なった。法学を中心としたイタリアではマスターよりもドクター,パリその他では神学,医学,教養学部でマスター,法学でドクター,ドイツでは神学,法学,医学の上級三学部(ドイツ)でドクター(神学ではマスターも),教養学部(ドイツ)でマスターが用いられた。イギリスでもドイツと同様であったが,さらにバチェラー(baccalarius[羅])が定着する。バチェラーは13世紀にパリ大学で教師が学生を補助や助手として手伝わせることに始まったものであった。

 近代になると,ヨーロッパでは国ごとに職業資格制度が確立し,それに伴い教育資格や学位はさらに多様化する。このなかで学士(undergraduate)レベルの学位としてバチェラー,大学院(graduate)レベルの学位としてマスターとさらにその上級のドクターという位置づけが確立していったのは,むしろ19世紀後半から20世紀にかけて大学院が形成されたアメリカ合衆国においてであった。ヨーロッパでは,教養教育の基礎教育が中等教育へ移行すると同時に,大学院制度の発達が遅れたこともあって,アメリカとは異なる多様な学位システムを有するようになった。たとえばフランスでは,バカロレア(フランス)(baccalauréat,中等教育修了資格であると同時に大学入学資格だが,高等教育第一学位として位置づけられる),リサンス(フランス)(licence),メトリーズ(フランス)(maîtrise)DEA(diplôme d'études approfondies,博士準備課程修了証(フランス))などが使われ,ドイツではディプロム(ドイツ)(Diplom)マギステル(ドイツ)(Magister)など,イギリスでも3段階の学位以外にサーティフィケイト(イギリス)やディプロマ(イギリス)が使われてきた。しかし,ヨーロッパ高等教育圏の創設をうたったボローニャ宣言(ヨーロッパ)(1999年)以降,ヨーロッパにおいてもアメリカ的なバチェラー,マスター,ドクターという階梯に統一されつつある。

[教育内容による違い]

学位の種類には,教育の内容や機能に応じて専門職学位(職業学位),教養学位(基礎学位),研究学位などの違いもある。学位の始まりは専門職と自由学芸(基礎学芸)といわれ,大学が誕生したころ学位は教授資格であったが,次第に聖職者,法律家,医師などの大学外部の専門職集団が力を増し,学位は教師の学位から専門職学位(Doctor Theologiae/Divinitatis Doctor, Legum Doctor, Medicinae Doctor)へと変容した。しかし,その後大学の専門職養成は次第に形骸化し,さらに近代になって新しい専門職も増え専門職学位は多様化するが,職業資格制度の確立で,職業資格としての学位の位置づけは低下する。

 他方でギリシア,ローマ以来の自由学芸(artes liberales)は,大陸で教養学部や哲学部として発展し,イギリスでは学寮制大学(イギリス)(college)制大学におけるエリートのための教養教育(イギリス)へと展開した。このイギリスのカレッジを導入したアメリカ合衆国では,自由学芸の基礎教育的な部分をカレッジ教育が担い,それが20世紀に高等教育の大衆化に伴って大学教育の主要部分として発展した。その結果,「教養学位(アメリカ)」あるいは「基礎学位(アメリカ)」ともいうべきバチェラー(アメリカ)が大学教育の中核的な学位として普及し,世界的にも認知されるようになった。さらに,19世紀にドイツの大学が研究機能を持ち,哲学部で授与されていたPh.D.(Philosophiae Doctor)が研究志向の学位となり,このドイツ大学の哲学部をモデルにアメリカで大学院が形成され,Ph.D.(Doctor of Philosophy)が数多く授与され,その結果現在ではPh.D. は研究学位として世界的にも認知されている。

 機能的に以上の3種の学位に相当する学位はどの国でも存在するが,どのような学位が対応するのかは国によって異なり,学位カテゴリーも違う。この区分で最もわかりやすいのはアメリカの大学だが,概してヨーロッパでは明確ではないし,基礎学位も職業資格の陰に隠れている。なお,イギリスにはコースワークを主体とする「教育学位あるいは課程学位taught degree」に対比されるものとして研究学位(イギリス)があり,フランスでは研究修士(フランス)と職業修士(フランス)の区分がある。日本では専門職学位制度の導入は最近であり,研究学位という言葉もほとんど使われていない。

[その他の違い]

このほか学位の種類として,教育課程を経ずに授与される名誉的な学位(unearned degree, honorary degree)に対して,一定の教育課程を経て獲得できる修士号(earned degree)という違いもある。イギリスを中心に英語圏では,同じ教育段階の学位でも普通学位(イギリス)(ordinary degree)に対して,優秀な学生に対して授与される優等学位(イギリス)(honours degree)の違いなどがある。また,近年ではダブル・ディグリー,ジョイント・ディグリー,デュアル・ディグリー,共同学位,複数学位など,複数の学位授与機関が共同して授与する学位がある。
著者: 阿曽沼明裕

参考文献: 大学評価・学位授与機構編『学位と大学―イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本の比較研究報告』,2010.

参考文献: 舘昭『改めて「大学制度とは何か」を問う』東信堂,2007.

参考文献: 横尾壮英『大学の誕生と変貌―ヨーロッパ大学史断章』東信堂,1999.

参考文献: ジョセフ・ベン=デビッド著,天城勲訳『学問の府―原典としての英仏独米の大学』サイマル出版会,1982(原書1977).

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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