大学事典 「学位授与機関」の解説
学位授与機関
がくいじゅよきかん
[日本]
学校教育法104条各号の規定により,現在,日本において学位を授与することができる機関は,大学(大学院を含む),短期大学および独立行政法人大学改革支援・学位授与機構のみであることが定められている。国際的な慣例として学位授与権を有するのは大学であり,日本においても基本的にその原則が貫かれている。
[大学における学位授与] 現行の学校教育法では,大学は,大学を卒業した者に対して学士(日本)の学位を,大学院(専門職大学院を除く)を修了した者に修士(日本)または博士(日本)の学位を授与するとともに,大学院の博士課程を修了した者と同等以上の学力を有する者に対して博士の学位(慣例上,論文博士(日本)と称される)を授与することができると定められている。なお専門職大学院(日本)については学位規則5条の2により,法科大学院を修了した者に対して「法務博士(専門職)(日本)」,教職大学院を修了した者に対して「教職修士(専門職)(日本)」,それ以外の専門職大学院の課程を修了した者に対して「修士(専門職)(日本)」の学位(これらを総称して専門職学位という)を授与するとされている。
1887年(明治20)の学位令制定以降,長きにわたって学士を大学卒業者が称することのできる称号として法令上扱ってきたため,大学院を置かない大学は,大学という名称の機関でありながら学位授与機関ではないという奇妙な状態が続いてきたが,1991年(平成3)の学校教育法ならびに学位規則の改正により,学士が学位として法令上位置づけられたため,現在では国(文部科学省)によって大学として設置が認められている機関はすべて学位授与機関である。また2005年度より短期大学を卒業した者に対して短期大学士(日本)の学位が授与されることとなり,短期大学が学位授与機関に加わった。
[大学改革支援・学位授与機構における学位授与] 大学改革支援・学位授与機構(日本)は,①短期大学,高等専門学校等を卒業した後,さらに大学の科目等履修生制度等を利用して所定の学修を行い,大学卒業者と同等以上の学力を有する者に対して学士の学位を,②学校教育法以外の法令によって設置された教育施設(いわゆる各省庁大学校)のうち,大学または大学院に相当する教育を行うと認められるものを修了した者に対して学士,修士または博士の学位を授与するための機関として1991年に設立された(当時は学位授与機構(日本),2000年に大学評価・学位授与機構(日本)に改組,2004年の独立行政法人化を経て,2016年に大学改革支援・学位授与機構に改組された)。前述のように,学位は高度の教育研究を行う大学が授与することが国際的な慣例となっていることから,大学の延長線上にある機関として,大学共同利用機関と同様の組織・運営の仕組みが設けられるとともに,学位授与の可否等の審査にあたっては,専門分野ごとに高度の学識を有する国公私立大学の教員・研究者等の参画を得て行うことにより,大学による学位授与の原則を維持している。
著者: 濱中義隆
[アメリカ合衆国]
アメリカにおいて,授与される学位は準学士(アメリカ)(associate degree),学士(アメリカ)(bachelor's degree),修士(アメリカ)(master's degree),博士(アメリカ)(doctor's degree)だが,これらの学位を授与する機関は一般に大学であり,その設立には州政府による設置認可が必要である。連邦政府でなく州政府であるのは合衆国憲法で教育の管理が州に任されているからである。しかし,アメリカでは州政府の設置認可だけでは社会通念上,大学とは認められず,学位も通用性がない。州政府の設置認可に加えて,非政府の大学団体である地域アクレディテーション団体(アメリカ)(Regional Accrediting Organizations)による機関アクレディテーション(アメリカ)(適格認定(アメリカ))を受けることで,社会的にも大学として認知される。むしろ大学であるか否かは,政府の設置認可以上に,アクレディテーション団体による機関適格認定が重要であるといわれる。このため,学位授与機関かどうかも,実質的には地域アクレディテーション団体によって適格認定を受けたか否かで決まる。専門職学位(アメリカ)であれば,ふつう専門職団体によるプログラム・アクレディテーション(アメリカ)も必要とされる。
なお学位授与機関は,必ずしも大学つまりcollegeやuniversityといった名称でなくてもよい。マサチューセッツ工科大学(アメリカ)(Massachusetts Institute of Technology)の例が有名だが,このほかカーネギー高等教育機関分類(アメリカ)での特定分野の高等教育機関(Special Focus Institutions)等で,神学校(theological seminary,たとえばJewish Theological Seminary)や単体の学校(school,たとえばIcahn School of Medicine at Mount Sinai,New York Law School,Hult International Business School等)も,アクレディテーション団体の認定を受けた学位授与機関である。
また,陸軍士官学校(United States Military Academy)や海軍兵学校(United States Naval Academy)も,地域アクレディテーション団体である中部地区高等教育委員会(アメリカ)(Middle States Commission on Higher Education)で認定され,学士(Bachelor of Science)を授与する。営利大学も適格認定を受ければ学位授与機関として認められ,リージェント大学(Regent University),トーマス・エジソン大学(Thomas Edison State University),チャーターオーク州立大学(Charter Oak State College)等のように,学習者に通学を課さず学習の評価のみによって学位を授与する機関(学外学位授与機関(アメリカ),日本でいえば大学改革支援・学位授与機構の機能をもつ)も,大学として設置認可され適格認定を受けている。さらに研究機関が学位授与を行う場合もある。たとえばアメリカ自然史博物館(American Museum of Natural History)はニューヨーク州大学評議会(Board of Regents of the University of the State of New York)による適格認定を受け,スクリップス研究所(Scripps Research Institute)は西部学校・大学協会大学評価委員会(アメリカ)(Accrediting Commission for Senior Colleges and Universities, Western Association of Schools and Colleges)による適格認定を受け,Ph.D. 等を授与している。
このようにアメリカでは,適格認定を受けることで学位授与機関として社会的に認められる。なお,アクレディテーション団体にも不適切な団体があるため,全米の高等教育適格認定協議会(アメリカ)(Council for Higher Education Accreditation)や連邦教育省(アメリカ)がアクレディテーション団体を認定している。アメリカの学位でしばしば話題になるディグリー・ミル(アメリカ)(degree mill)あるいはディプロマ・ミル(アメリカ)(diploma mill)は,十分な教育を行わずに金銭目的で学位を授与する組織であるが,これらは政府の設置認可や適切なアクレディテーション団体による適格認定を受けていない組織とされる。
著者: 阿曽沼明裕
[ヨーロッパ]
イギリス,ドイツ,フランスが代表するヨーロッパの学位授与機関のあり方は近年,20世紀までの多様な発展を反映しつつ,ボローニャ・プロセスに即し,共通性を持った方向に向かいつつある。研究教育機関としての大学をその中核としながらも,工学等の応用分野を重視する機関を同格として徐々に大学に取り込み,同時に職業訓練向けの教育機関にも修士以下の学位の授与権限を徐々に拡大している。
イギリスのオックスフォード大学(イギリス)とケンブリッジ大学(イギリス)は,大陸では中等教育が吸収した教養教育の修了証,バチェラー学位の授与権を19世紀まで独占した。市民向けのロンドン大学(イギリス)は,学生の教育と学位の授与の権限を分割された2機関の並立として初めて誕生でき,この後は後発の市民大学(イギリス)の学位授与機関となった。市民大学の十全な大学化,サセックス大学等の新構想大学の誕生,ポリテクニク校の大学昇格を経て,大学は現在約150校を数える。加えて大学を認定機関として学位を授与する機関が約300,さらに生涯教育向け機関にも基礎学位の授与の道が開かれ,他方,大学によるPh.D. 学位の授与も拡大している。
イギリスとは対照的に,19世紀のドイツ大学は研究成果を根拠に授与する博士号(ドイツ)(Doktor der Philosophie)を重視した。応用分野の軽視の結果,工学系の教育機関による博士号の授与は20世紀に入ってからである(博士号授与権獲得は1899年)。単科大学としての工科大学(TH)の誕生は19世紀後半を待たねばならなかった。現在,ボローニャ・プロセスの示唆する学士,学術向け修士(マスター),博士を授与する中核は,約100校の州立の総合大学である。職業中等教育機関を前身として1970年代から発足した専門大学(ドイツ)(Fachhochschule: FH)も学士を授与できるが,FHの付記を要し,修士は職業向けが中心である。博士の学位授与権は総合大学を中心とする学術大学(ドイツ)のみが有するが,総合大学と連携する形でFH卒業生の博士学位取得を可能とする道も開かれている。なお,マックス・プランク研究所(ドイツ)等も,総合大学との提携なしには博士養成に参加できない。
イタリアとともに最古の伝統を有するフランスの大学は,18世紀の革命を経て平等化を迫られ,エリートの養成機関グランド・ゼコール(フランス)という強力なライバルが出現したのに加えて,強力な中央集権の下に一度は廃止に直面した。ドイツの大学に比肩しうる総合大学は19世紀末まで復活しなかった。前記の2国とは異なり,フランスでは学位の授与権は国家に属する。したがって高等教育機関は学位取得の正規ルートを提供し,学位と読みかえうる卒業免状を発行する範囲で学位「授与」の権限を行使するに過ぎない。ボローニャ・プロセスが示す3段階,学士(リサンス),修士,博士のうち,学士の授与は約80校の大学が原則として占有する。修士は研究型と職業型の2種があり,前者は大学が,後者は大学付設の教員養成センターや技術および経営のグランド・ゼコール等が主として授与する。博士は大学のほか,高等師範学校,エコール・ポリテクニーク等のグランド・ゼコール,その他の公高等教育機関が授与するが,その訓練はこれら機関が単独ないし共同で設置する博士院(フランス)(école doctorale,約300)において実施される。
著者: 立川明
[ロシア]
ロシアでは,博士候補(ロシア)(kandidat nauk)と博士(ロシア)(doktor nauk)の学位授与にかかる機関として,高等資格審査委員会(ロシア)(Vysshaia Attestatsionnaia Komissiia)が置かれている。博士候補の学位取得には,博士候補学位請求論文を作成し,高等資格審査委員会の許可を受けたアスピラントゥーラ(ロシア)(大学院)や研究所などに設けられた学位請求論文審査会による審査に合格しなければならない。学位請求論文を提出するための資格は,アスピラントゥーラ等において提供される学術-教育要員(大学教員をはじめとした研究職)の養成プログラムを修了した者,または高等教育を修了し,かつロシア連邦教育科学省が定める博士候補試験に合格した者に認められる。博士候補学位の取得者には,学位請求論文審査会を設けた機関より学位記が交付される。
博士の学位取得には,博士学位請求論文を作成し,高等資格審査委員会の下に設けられた学位請求論文審査会による審査に合格しなければならない。すでに学術-教育要員の職にある者については,大学や研究所などに設置されるドクトラントゥーラ(ロシア)において,博士学位請求論文を作成・準備し,学位請求論文審査会による審査を受けることが認められている。学位請求論文を提出するための資格は,博士候補学位を取得し,所定の研究成果を有する者に認められる。博士学位の取得者には,ロシア連邦教育科学省より学位記が交付される。
高等資格審査委員会は,こうした博士候補ならびに博士の学位授与をめぐる学術的な審査の国家的な保障を目的として設立されたロシア連邦教育科学省の付属機関である。委員は博士学位取得者と学術,科学技術,教育および文化の各分野における専門家から構成され,ロシア連邦教育科学省の推薦を受けて連邦政府が任命する。委員の任期は4年間(最長2期8年間)で,審査水準の継続性・安定性を確保する観点から,半数以上の委員が同時に交代することができないとされている。高等資格審査委員会のおもな活動は専門性,独立性,客観性,公開性および研究者倫理の遵守を原則としつつ,次のような事項について審議し,その結果をロシア連邦教育科学省に報告・勧告することとされる。①学位請求論文審査会の設置,構成メンバーの決定または変更,②学位請求論文審査会による審査の基本方針ならびに学位授与の決定に関する適否,③学位請求論文審査会による審査の中止,再開および打切りの決定に関する適否,④学位記の交付,准教授ならびに教授の学術称号の付与,⑤外国で授与された学位の承認など。これらのほか,高等資格審査委員会はロシア連邦教育科学省の諮問を受けて,学位に関する国際条約の締結,学術-教育要員に関する幹部任命職リストの作成などについて審議・答申する。
著者: 髙瀬淳
[日本]◎大学評価・学位授与機構編『学位と大学―イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本の比較研究報告』,2010.
[アメリカ合衆国]◎飯島宗一・西原春夫・戸田修三編『大学設置・評価の研究』東信堂,1990.
参考文献: 前掲『学位と大学―イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本の比較研究報告』.
参考文献: 舘昭『現代学校論―アメリカ高等教育のメカニズム』放送大学教育振興会,1995.
参考文献: Council for Higher Education Accreditation: http://www. chea. org/
[ヨーロッパ]◎前掲『学位と大学―イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本の比較研究報告』.
参考文献: Walter Rüegg, ed., A History of the University in Europe. Vol. IV: Universities since 1945, Cambridge University Press, 2011.
参考文献: Claudius Gellert, ed., Higher Education in Europe, Jessica Kingsley Publishers, 1993.
[ロシア]
参考文献: Federal'nyi zakon ot 23.08.1996 N 127-FZ “O nauke I gosudarstvennoi nauchno-tekhnicheskoi politike”(izmeneniiami na 01.01.2017)
参考文献: 遠藤忠「ロシア科学アカデミーの改革について」『宇都宮共和大学論叢』第16号,2015.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報