富豪層 (ふごうそう)
平安時代初期に律令制支配を変質・解体させ,王朝国家および荘園制支配へと転換する推進力となった在地有力者の階層をあらわす歴史学上の用語。当時の官符や正史が民間において律令行政を阻害する張本人を〈富豪の輩(ともがら)〉と呼んでいることにもとづく。一種の地方豪族であるが,必ずしも郡司層のような伝統的豪族ではなく,むしろ〈富豪浪人〉ともいわれるような外来新興の勢力である場合が多く,それゆえに旧体制を攪乱し破壊する活動も激しかった。彼らの経済的な経営基盤は,土地所有よりも稲穀に代表される動産の蓄積にあり,これを営料に投下して行う営田(佃)と,高利貸の元本として運用する私出挙(しすいこ)がその主たる経済活動であったから,その点でも〈富豪〉と呼ぶにふさわしい。彼らが営田や私出挙を通じて隷属民を編成し,開発所領を獲得すれば中世在地領主となり,農業の大経営を展開すれば〈大名田堵(たと)〉へ転化するのである。
執筆者:戸田 芳実
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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富豪層
ふごうそう
8世紀末~9世紀に律令国家の規制から外れて成長していった有力農民。史料にみえる「富豪浪人」に着目した戸田芳実によって提唱された歴史的概念。稲穀などの動産を大量に蓄えた富豪層が,それを営田と私出挙(しすいこ)に投入して農民を支配下におき,国衙の納税請負人をもつとめて,名(みょう)編成の基礎になるなど,王朝国家成立の基本的要因となった階層とされる。しかしこれには批判も多く,学界共通の理解には至っていない。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の富豪層の言及
【私営田】より
…797年(延暦16)の太政官符は,親王および王臣家の荘園の経営に当たっている荘長が私田(佃)を営むことを禁じた。しかし,ここにいう私田すなわち私営田の経営は[富豪層]による直営地経営であって,耕作者に種子(籾)と農料(功料と食料)を支給し,営料(種子,農料)を除いた全収穫を経営者が収納するものであった。9世紀半ばごろ,前豊後介正六位上中井王は,国司解任の後も豊後国に住んで日田郡に私宅を置き,諸郡に私営田を設置し,また私出挙(しすいこ)を行って百姓を収奪したという。…
【本宅】より
…律令制下において私有をみとめられた私宅と家地・園地を,その直接の起源とする。平安時代に〈富豪の輩〉といわれた地方有力者([富豪層])は,数町にも及ぶ宅地に私宅をかまえ,その内外に従類(じゆうるい),伴類(ばんるい)を集め,周辺各地に田家など諸種の小宅を分散配置して,私営田や山野河海の諸産業を営んだが,その中から強固な領主支配を形成したのが,中世在地領主の典型である〈開発領主〉であった。領主的な開発を行うのに必要な基本財産は,ふつう1町余の屋敷畠(やしきはく),在家(ざいけ),苧桑,所従,牛馬などで,これらを基礎として現地の〈居屋敷(いやしき)〉(本宅)や〈一門輩居薗〉を設けて堀垣をかため,国衙に申請して適地の荒野を占定し,私財を投じて百姓を語らい浪人を招き寄せて開発にあたった。…
※「富豪層」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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