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小机城 こづくえじょう

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日本の城がわかる事典の解説

こづくえじょう【小机城】

神奈川県横浜市港北区にあった平山城(ひらやまじろ)。鶴見川流域の丘陵の先端に建っていた。永享の乱(1438~39年)のころに関東管領の山内上杉氏によって築城されたとも、文明年間(1469~87年)に地元の豪族の小机氏により築城されたともいわれるが、正確な築城年代はわかっていない。1476年(文明8)、山内上杉氏の家宰だった長尾景信の嫡男景春が、家督と家宰の地位を継ぐことができなかったため鉢形城(埼玉県大里郡寄居町)で山内上杉氏に反旗を翻し、長尾景春の乱が起こったが、翌1477年(文明9)、石神井城(東京都練馬区)を本拠とした豊嶋泰経・泰明兄弟がこれに呼応して、山内・扇谷両上杉氏に蜂起した。扇谷上杉氏の家宰太田道灌は豊嶋氏を攻めて江古田・沼袋原の合戦で破り、石神井城と支城の平塚城(東京都北区)を陥落させたが、豊嶋泰経は小机城に逃れて抗戦した。追撃した道灌は、鶴見川対岸の亀の甲山に陣をとり、約2ヵ月をかけて同城を落城させたといわれる。その後、小机城は廃城となったが、戦国時代に北条氏綱が修復・再興し、家臣の笠原信為を入城させた。この城を本拠とした北条氏の家臣団の小机衆が組織された。その後、城主は北条氏堯、北条氏政の弟三郎(のちの上杉景虎)、北条氏光となったが、1590年(天正18)の小田原の役で北条氏滅亡後に、無傷のまま落城した。その後、徳川家康が関東に入府した際に廃城となった。城跡は現在、小机城址市民の森となっており、本丸、二の丸跡などの主要な部分の曲輪(くるわ)、土塁、空堀などの遺構が保存・整備されている。JR横浜線小机駅から徒歩約15分。

出典|講談社
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世界大百科事典内の小机城の言及

【太田道灌】より

…室町中期の武将。名は資長。道灌は法名。資清の長男。太田氏は,丹波国桑田郡太田郷の出身といい,資清のときに扇谷上杉氏の家宰を務めた。道灌は家宰職を継ぎ,1457年(長禄1)に江戸城を築いて居城とした。76年(文明8)関東管領山内上杉顕定の家宰長尾景信の子景春が,古河公方足利成氏と結んで顕定にそむくと,主君上杉定正とともに,顕定を助けて景春と戦った。77年武蔵江古田・沼袋原に景春の与党豊島泰経らを破り,78年に武蔵小机・鉢形両城を攻略,80年景春の乱を鎮定した。…

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